――ねぇ、山本。
俺たち、どうしてこんなことに
なっているの?




[ もらい泣き ]




 フローリングの床には、互いのシャツとズボンが
折り重なって散らばっている。くしゃくしゃになった
シーツには、さんざん撒き散らした欲の迸りが所々に
透明な染みをつくっていた。
 かろうじて息をしている俺の両手首には、彼の
外したネクタイが巻きついていた。さんざん暴れた
せいなのだろう、赤い結び目が擦れてその下の皮膚はうっ血していた。

   山本は俺のクラスメイトで、親友で、憧れの人だった。
その彼は大きな背中に影を落として、ベッドの端に腰を
落としている。わずかに汗の滲む広い背中に、思わず
噛み付いたのは二時間前のことだった。


 ベッドに沈む身体を左右に動かしながら、俺は何とかして
両腕の戒めを解こうと試行錯誤した。生憎散々限界を超えた腰
はもう力が入らないし、その下についている両足は麻痺していて
ぴくりとも動かない。彼に問いただしたいことはたくさん
あるのに、喉の奥がカラカラに乾いてうまく声さえつくり
だせない。身体中のエネルギーを彼に持っていかれてしまった
ようだった。


 俺と彼の間に起こったことを説明するのは難くない。
ただ、起点だけが思い出せない。いつもの通り、山本と
俺は一緒に帰り、彼の部屋に立ち寄り補習のプリントに
取り組んだ――これは、彼との日課。日が落ちれば俺は
帰宅するか、ときどきは彼の部屋にそのまま泊まった。
気にするなって、と笑う彼から布団を受け取って二人で
机を動かして寝場所をつくる――これも、二人の仕事。


   何をどうしたら、俺は縛られて。信じられないような
痛い思いをしなきゃならなかったのか。


 ねぇ、山本。
 黙ってないでこっち向いてよ。


 にわかには飲み込みにくいこの状況を何とか打開
しようと俺が、彼の方に振り向いた時だった。
背中を向けた彼の悲壮な表情に気がついたのは。


   ようやく上り出した太陽にわずかに照らされた
彼の横顔は、堪えようもない悲しみに沈んでいた。
心ここにあらずと言った空ろな眼から零れる涙が
朝日に反射して透明な光を放っている。
 これが無理やり犯された朝見る表情でなければ
純粋に俺はその美しさに見とれていただろう。



 何も言わず俺を縛り上げた彼の、行くあてのない
表情を思い出したりさえ、しなければ。



 彼の俺の間に流れる沈黙は永遠のように重く
あんなに近くで触れた彼が、昨日の夜より遠く見える。
 もう二度と俺から触れることはできなくて、気がつくと
俺は泣いていた。何もいえないのは、嫌いになったからでも
恐かったからでもない。


 たった一言紡げたのなら、こんなことにはならなかった。


 大好きでも、愛していますでも、よかった。




(一万ヒット部屋より再録)