[ good morning ]
眼を開けると五時半だった。彼が玄関まで迎えにくるように
なってから、手元の時計は以前より慌ててベルを鳴らすように
なった。それでなくても、十分朝方人間になっていた。
おそるおそる窓の外を覗くと、朝焼けにキラキラと光る
銀色の髪が見えた。
――もう待ってる・・
ツナは寝ぼけ眼をこすって、背筋をうんと伸ばしてから
スリッパを引っ掛けて階段を下りた。初夏とはいえ朝は
冷え込む。そんな時間から玄関で待っている彼が風邪を
引きやしないか心配になった。
「獄寺君?獄寺く〜ん、起きてー」
彼は玄関先にもたれたまま、居眠りをしていた。
ツナは何度も名前を呼びながら、獄寺を揺する。
いったい何時からここにいたのだろう。
――まさか、昨日の夜からってことはないよね?
それではただのストーカーだ。ツナはぶんぶんを
頸を振って己の想像を追い払った。
毎晩張り込まれるくらいなら、いっそ彼を自宅に
泊めたほうがいい気がした。今はまだ寒さが和らぐ
時期だからいいものの、朝起きたとたん彼が冷たくなって
いたなんて洒落にならない想像だった。
しばらくして、僅かだが眼を開けた獄寺はパジャマ姿の
ツナに何故か頬を染めて立ち上がった。
「お、おはようございますっ!!10代目」
「おはよう獄寺君・・」
とりあえず、彼が起き上がったことにほっとした
ツナは、眠気に襲われたのか両目をごしごしとこすった。
「・・いつから待ってたの?」
「四時からっす!」
ストーカーと認定していいものか判断は分かれる
ところだろう。ただしツナ自身は獄寺が待つこと自体は
苦痛ではない。心配なのは、屋外で寝る彼の健康だった。
「あんまりさ・・早くきちゃだめだよ」
「す、すいません・・」
獄寺は叱られた犬のように頭を垂れた。朝一番で10代目に
挨拶することは彼にとって生きがいのひとつだったのだ。
「俺が・・心配になるから・・さ」
ツナは半分夢見心地のようだった。その言葉に思わず頸を
挙げた獄寺は、立ったままふらついているツナを咄嗟に
支えた。
「じゅ、10代目!?」
ツナは獄寺の肩にもたれかかったまま、すやすやと眠りに
ついていた。薄いパジャマ越しに寝起きの彼の体温が
伝わり、獄寺はどぎまぎして辺りを見渡した。
体中の血が、一気に顔に昇りそうだった。
これからどうしたものか。無邪気に夢の世界にいる
ツナを支えながら、獄寺は理性と本能の間を行き来しながら
考えた。薄着のツナはこのままでは風邪を引くだろう。
では抱えてベッドまで運ぶか――十分に不法侵入だ。
が、10代目の健康には代えられない。
獄寺は息をひとつ吐くと、ツナの両膝下を支えて
身体を抱き上げた。ちょうど自分の胸の中に顔を埋める
形になる10代目は・・想像以上に細くて軽かった。
息を殺して二階の階段を上がる。けっしてツナを
起こさないように。細心の注意を払って彼をベッドに
下ろし、タオルケットを肩までかけると獄寺は
ふーっと長いため息を落とした。背中にはびっしょりと
汗を掻いていた。
自分の役目は済んだ、と立ち上がった獄寺はふいに
何かに引っ張られて動きを止めた。視線を落とすと、
自分のジャケットの端をツナの右手がしっかりと
掴んでいた。それをタオルケットと勘違いしたのか
ツナは何度か彼のジャケットを引き、手繰り寄せては
寝言を言った。無邪気な微笑みだった。
困ったのは獄寺のほうだった。ツナの手を振り解く
わけにもいかず、かといってこのままいつまでもツナの
部屋にいるわけにもいけない。
獄寺はそろりとジャケットを脱ぐと、それを握り締める
ツナにかけてやった。
――おやすみなさい。よい夢を。
こころの中でだけ呟くと、獄寺は音を立てずに階段を
下りた。シャツだけでは外は少々肌寒かったが、彼の
こころはゆたんぽが入ったかのように温かかった。
それから、再び起きたツナが自分にかけられた
ジャケットの意味と――上着無しで外にいた獄寺のことを知り、
彼にまたひとつ雷を落とすのは二時間後のことである。
それは新緑が萌えるある朝の――ささやかな物語。
(獄ヒット部屋より再録)