[necessary]
「やっべぇ・・」
ミスったな、と心の中で舌打ちをして
獄寺は右肩を押さえた。
銃弾は致命傷を避けてはいたものの
右肩を貫通していた。
彼は感覚もなく、すでに麻痺している右手を
胸の上に乗せると、脇の下でハンカチを巻いて止血する。
もうどれだけ自分の血が流れたのか。
血圧が急降下したため体は小刻みに震え
息は上がり、彼は眠気さえ催してきた。
意識は朦朧としているはずだったが
たったひとりのことだけが気がかりで
その姿が脳裏から消えない。
――10代目は、ご無事だろうか。
同盟マフィア間での連絡会の後
ボンゴレ10代目は、南部をしきる
グループのボスとの会食に参加していた。
10代目の身辺警護としてリボーンや
獄寺も会に参加していたものの、その帰り
10代目を乗せた車が銃撃されたのだった。
罠だ、とその場にいた誰もが思った。
裏切り者には死を――というマフィアの
鉄則通り、リボーンや獄寺は先にツナを
逃がすと銃撃戦に参加した。
約二時間に及ぶ戦闘の後、南部のグループの
構成員は散り散りになり、結果はボンゴレの
勝利となったが、獄寺は激戦に巻き込まれた
市民を庇い被弾した。
辺り一帯は役目を終えた銃と、銃創の生々しい
壁、もう動かない敵の身体――に溢れていた。
敵も、味方もいない。自分の命のタイムリミット
だけが時々刻々と迫る・・
ちくしょう・・と獄寺は途切れ途切れの息で
呟いた。
死ねない、という渇望にも似た思いだけが
木霊する。
10代目のために命を捧げることは、彼に
とって本望であったにも関らず、だ。
この硝煙と爆薬、陰謀と虚構の世界に身を投じた時から、
ただひとり崇拝し、敬愛する存在に出逢った時から、
死など、夜が明ければくる朝と同じくらい
自分にとって当たり前で
常に傍らに在るものだと思っていた。
しかし、彼の傍らにあるものは死ではなかった。
それは――・・
獄寺は雲が細くたなびく・・乾いた青い空を眺めた。
それは、空気のように自然にそこに居て
水よりも自分にとって必要不可欠で
火よりも熱く己の胸を焦がし
土よりも温かく自分を受け入れてくれた唯一のひと。
彼の眼に、じんわりと涙が溢れ視界は徐々に滲んだ。
せめて最期にこの眼に映る光景だけは、紅い残渣ではなく
――彼の、笑顔であって欲しい。
「獄寺君――!!」
自分を呼ぶ声が、遥か遠い闇の向こうでしたが、
それを夢か?・・と思った瞬間、彼は意識を放り出した。
天国、なんてものは信じてない。
この世を離れたときは、貴方と同じ世界に逝きたい。
彼は眼を覚ましたとき、そう祈るように思った。
生きている、という実感はなかった。愛するひとのいない世界に
取り残されることだけが、獄寺にとって怖かった。
窓の向こうのコバルトブルーの海、遠くで群れるカモメ
風に吹かれて舞い上がる真っ白なカーテン・・平穏な外の
景色をしばらくぼんやりと眺めてから、獄寺は自分が寝ている
ベッドの右端に眼を落とす。
包帯が幾重にも巻かれ、ギプス固定された右手と
その傍らで、腕枕をして寝ている――栗色の髪の少年。
彼は・・獄寺の存在意義そのものだった。
その安らかな寝顔を見たとき、獄寺は初めて生きている
ということに感謝した。
ここが天国でも、自分がかつていた地獄でも
貴方さえそばにいてくれれば、俺は・・
獄寺は、自分が来ていたカーディガンをツナの肩に
かけると、その後ろの窓を静かに閉めた。
もう少し・・彼の寝顔を見ていたかった。
<終わり>