[ 溺れる ]
眼を開けると既にボディガードの姿は無かった。
彼が俺に何の言伝もなしに部屋を出て行くときは、大概は
仕事が入ったときだ――しかも、血生臭い部類の。
朝焼けをカーテンの隙間から眺めてため息を
落とすと、音もなく正面のドアが開いて闇がするりと
戻ってきた。――彼、だ。
「・・おかえり、リボーン」
「朝いちで戻ってきた割には・・不服そうだな」
彼はさっさと帽子とジャケットを脱いで、どさっと
ソファーに座った。書斎机の前に二つ向かいあうように
並んだソファーは、ひとつは彼の仮眠用、もうひとつは
愛の営み用だった。
「そりゃあね・・朝ひとりぼっちでいたら、俺だって
感傷的になるよ」
そう言いながらサイドテーブルにあったグラスを
彼に渡すと
「・・昨日だってさんざんしてやっただろう?
何が不満だ」
一仕事終えた彼は、ごくごくとブランデーを
あおってから吐き捨てるように言った。
愛なら昨日も重ねた。でも眼が覚めたとき
君がそばにいないと・・どんなに強く激しく
かき乱されたってふいに虚しくなってしまうのだ。
何もかも、誤魔化されている感じがする・・
そう――俺ひとりだけが君に、叶わない想いを
抱いているような。
「・・優しくして欲しいわけじゃないよ?」
彼の飲み残したブランデーを口に含むと俺は
そのまま彼に覆いかぶさるようにして――その
琥珀色の液体を彼の唇の間に注いだ。
全部明け渡したら熱をもった舌が絡み合って
一気に形勢は逆転した。
――あぁ、悔しいなぁ。
いつのまにか俺の視界は天井の四角いタイルだけで
その数を数えていたら着ていたガウンもその下も
剥ぎ取られてしまった。
夜中に人を殺した手で抱かれても気にならないのは
たぶん相手が君だからだ。
「・・何他ごと考えてる?」
彼の少し低い声が耳に届いて俺は
なぁんにも、と嘘をついた。
彼のこと以外考えられなくなるのには
五分とかからなかった。
彼の腕の中でいきそうになるのを堪えて
俺は何度も、先刻東の空を眺めて祈ったことを
反芻した――彼には、絶対知られないように。
・・君に欲しいのは甘さなんかじゃない。
まして優しさでも、ときめきでも・・安らぎなんかでもない。
ただ、焦がしたいだけ。
そのポーカーフェイスを、壊したいだけ。
君が俺に溺れる姿が見たい。
君を、溺れさせてみたい。
酸欠状態になんて君は絶対にならないだろうね、
でも俺はたぶん無理矢理に人工呼吸をする。
唇を重ねたら、絶対に離してやらない。
離してやらないんだから。
だから、一度溺れた振りをして
――俺を、悦ばせてよ。