この冷たい温度で横たわる体の持ち主について
ひとつだけいえること。




[ 温度 ]




 体中の三分の一の血が抜ければ、すみやかに天に
召されることが出来るという。この場合はどうなのだろう。
彼から溢れた血はすでに地中に伸びて、もう継ぐ息の
荒さでしか残りの命を計ることはできない。それは絶望的な
目算だった。


「ツナ兄・・」
 名前を呼ぶと、その体の持ち主は目を開けて笑った。
――死にそうなのに、笑ってる場合じゃないよ。
 どう表情を返していいのか分からなくて、抱き上げて
せめて――湧き上がる赤を止めたくて心臓を押さえると
血しぶきが顔にかかった。まだ、温かかった。
「――よか・・った」
 また会えたね、と彼は微笑んだ。10年前ランキングを頼りに
押しかけて恋をした、憧れのひと。かつてのイタリアの闇の帝王。
今最も死に近い、僕を置いていく初恋のひと。


 再会は偶然だった。知り合いの議員のつてでとあるマフィアの
会議に潜入したのだ。危ない橋を渡らなければ出世できないのは
政界も裏社会も同じだった。
 いきなりの銃撃戦に僕は裏切りがあったのだと知った。撃たれた
人物を見て初めてそれがボンゴレのボスだと――気づいた。
走り去る複数の影が、裏切り者の存在を告げている。


「・・泣かないで・・ね?」
 途切れ途切れの声が、息が徐々に細くなる。儚くなるのは
命だけではなくて今目の前で幕を下ろすある男の人生、だった。
 それは激動と呼ぶにはすさまじく、裏切りと狂気と愛に満ち
策略と罠に怯えときにそれを利用し、自分と他人を傷つけて
のし上がり――頂上で孤独を知った四半世紀だった。
それを僕はほとんど教えてもらえなかったけれど。


 そのすべてを受け入れた眼差しの先に戦慄を覚えて
僕は抱えた身体を揺すった。どんどん彼は冷たくなる。
「ねぇ・・ツナ兄」
――もしかして全部、知ってたの?


 ツナ兄、と名前を呼んだ。彼はもう答えなかった。
すでに事切れていた。
 一時彼を抱きしめてから、僕は彼の右手から短銃を外した。
重みは十分にあった――裏切り者を始末するだけの、弾丸は。


『こんな所にいつまでもいたら駄目だよ』と僕の肩を
押してくれたひとのあだ討ちをする自分を、彼は地獄で
たしなめるだろうか、分からない。もう一度血に染まれば
帰れない世界だと分かっていた。だから足を洗ったはずだったのに。


 でもこの愛したひとの動かない身体を眼にした心臓は
驚くほど静かで――僕の全身の血もどこかに流れ出して
しまったようだった。


 この冷たい温度で横たわる体の持ち主に誓えることはひとつだけ。


 同じ道を歩むことは後悔してないよ、いつか君のもとに逝くかも
しれない。




 だからもう一度会えたら今度は冷たい僕の身体を

壊れる程 あたためてください。