[ 大晦日 ]
鏡餅、おせち、しめ縄・・準備は整ったな、と思い家を
出る。息を弾ませて道路を走ると、角のところで彼とぶつ
かった。
「・・獄寺君」
「あ、おはようございます」
・・もしかして、もしかしなくても。
「奇遇っすね、十代目」
今からそっちに向かうつもりだったんすよーと彼は微笑む。
深緑色のマフラーを揺らして。
俺も、もちろんそうだった、っていうのは恥ずかしくて
言えなかった。
空の青さが突き抜けるようだ。空気が肌を貫くように冷えていて
心地よい。彼が隣で跳ねるように歩いているからかもしれない。
どちらからともなく公園に向かう。大晦日でも鳩は、腹をすかしている。
「獄寺君は・・明日の準備、できた?」
馬の形をした遊具に座り、向かい側の彼に聞いてみる。獄寺君は
象の形をしたそれに座って、煙草に火をつけていた。
「はい・・また11時半に行きますね」
明日は一緒に初詣に行こうね、と約束した。除夜の鐘が終わるころには
会いに行く予定だったのだけど、どうしても今日一日我慢できなくて
玄関を飛び出してしまったんだ。
「もう一年終わるんすね・・」
感慨深い蒼い眼に、白い煙が映る。
そうだね、早いね・・と俺は頷く。
去年と今年で大きく違ったことは、今目の前にいる彼に出会えたこと。
最初は爆破されそうになり、気づいたら慕われていて・・それから花火を
したり夏祭りに行ったり、いさかいに巻き込まれたりいろいろあったんだけど
――こうして、公園で話すのが日課になっていた。
「・・今年は、十代目に会えた年っすからね」
俺にとっては特別な年なんですよ、と獄寺君はさらりと
言った。その言葉が、俺の心臓に与える影響なんて考えも
しなかったんだと思う。
「・・・」
「・・十代目?」
しばらく無言だったから、彼は心配そうな表情になった。
ここで泣くとせっかくの一年の締めが涙になってしまうので
俺は堪えた。口をへの字に曲げて、こぶしを固く握り締めて。
でも駄目だった。何が涙腺を直撃したのか分からないけど
俺は泣いてしまった。
「十代目・・すいません、俺何かおかしなことを――」
言って無いよ、と首を振る。あのね、煙が染みたんだ。
君の言葉が、こころに染みたんだよ。
「なんでもないよ・・ごめんね」
俺が泣きやむと、獄寺君は心底ほっとした表情で俺を見つめなおした。
笑っているときはあまり感じないけど、獄寺君はほんとに綺麗なひと
なんだと思う。たとえばこうして、ただ俺を見ているときとか――
「・・す、すいません十代目」
触れた唇をさっと離してすぐ、獄寺君は謝った。彼らしい、と
思った。公園でキスをしたとき恥ずかしくて俺が逃げ出したことを
たぶんこのひとはきちんと覚えている。
「・・・」
「・・あ、その・・俺帰ります。また迎えに来ますから」
沈黙が気まずいのか、彼は立ち上がった。俺は右袖を
掴んだ――離したくない・・って思ったんだ。
「・・ここにいて、いいから」
でもこれは命令じゃない。帰りたいなら戻って、と俺は
袖口を離す。ただでさえ恋愛経験がない俺は、こういう時
何て言っていいのか分からない。言葉じゃ通用しない、彼が
触れたときの安堵感や、心臓の鼓動の高鳴りは。
もう言葉じゃうまく言い表せられないんだ。
「――十代目・・」
立ち止まった彼のいいかけた唇に、少しだけ背伸びをして
思い切り眼を閉じて。
初めて俺は自分から、彼にキスをした。
大泣きした彼の背中を、なんどもさすってなだめた
――大晦日の昼下がりだった。