コンコン、とガラスをノックする音がして
窓を開けると、軒下に獄寺君が立っていた。
[ farewell ]
「どうしたの?」
玄関まで下りてから、せっかくだから上がって
いってと勧めると、
「夜遅いですから」
と獄寺君は断った。その思いつめた表情に俺にも
不安がよぎる。
「何か・・あったの?」
「・・9代目の容態が急変しました。
俺・・明日イタリアに帰ります」
心臓が止まるかと、思った。
それから久しぶりに・・なんでリボーンがうちに
来たとか、獄寺君がここにいるのかとか
そういうことを思い出した。
ボンゴレファミリー・・それは
俺やリボーン、獄寺君をつなぐ、絆。
初めは俺にとって招かれざる客だったの
だけど、今はみんな・・大切な存在になっていた。
「そ・・っか」
そうなんだ、それなら仕方ないよね――、と
まるで自分を納得させるかのように言う。
俺は9代目とは直接の面識はないけれど
獄寺君にとっては今後を左右する重要な人物で
あることは分かる。ファミリーのボスが危篤なら
彼は戻るしかない。
「・・気をつけてね」
そう言いながら泣いている自分に気がついた。
なぜ?どうして?それは俺にもわからない。
こみ上げてくる名前の付けられない思い。
本当は、違う言葉を言いたいんだ・・
――行かないで。
それが言っちゃいけないことばだってのは
分かる。望んではいけない、ということも。
・・なのに 何で、涙が出るんだよ・・
「10代目・・!」
気がついたときには、俺は獄寺君の
腕の中にいた。彼も泣いている。
それが惜別の悲しみからくるのか
もっと別のものなのかは俺には
分からなかったけれど。
「10代目――俺・・ほんとは・・」
「獄寺君!」
俺は慌てて、彼から離れた。それでも
彼と眼を合わせることは出来なかった。
「言っちゃ・・だめだよ」
声が震える。涙で視界が遮られる。
手を伸ばせば届く距離に居る彼。
でももうそれは・・叶わない。
「9代目、持ち直すといいね。
こっちは・・たぶん大丈夫だと思うから・・
気をつけて、行ってきて」
それでも何か言いかけた獄寺君を
遮って、俺は玄関を強引に閉めた。
それから、玄関にもたれてずるずる
と座り込んだ。
彼の前にこれ以上いたら、何もかも
溢れて崩れてしまいそうで――
俺はそのまま膝を抱えて泣き崩れた。
「10代目」
呼ぶ声に気がついたのはそれから
しばらくしてからだった。
置き去りにされた子犬のような、声
だった。
「10代目、そこにいますよね?」
俺は無言で頷く。
「俺・・絶対帰ってきますから。
10代目のところに・・必ず
戻ってきますから」
何年たっても、と彼は付け加えて。
「だから・・10代目の右側は
開けておいてください」
右側でも何でも、全部開けておくよ。
君が・・戻ってくるのなら。
――だから・・
俺は、彼の言葉にうんうんと
相槌をうつ。
一言一言を祈るように噛み締めて。
「じゃあ、俺行きます。10代目も・・
お元気で」
そう告げる声と、走りさる足音がして
俺はドアノブに手をかけた。
玄関を開けるとそこにはすでに
彼の姿はなく・・
代わりに終わり逝く冬の名残の
雪が――月光に照らされ淡く
輝いていた。
<終わり>
(1000hit記念部屋より再録)