[ good night my dear]


「おかえりなさい」
 飲みかけのブランデーをテーブルに置くと
コートを脱ぐ彼を迎える。
「ただいま」
 と小さく答えたリボーンは、ネクタイの
結び目を緩めると、俺の隣でソファーに沈み込んだ。

「随分長引いたね」
 今日彼は武器と・・麻薬の取引に出かけた
はずだった。
「ああ・・土壇場になって奴ら、取引を
しぶりやがった」
 奴ら、とはおそらく武器商人や密売屋なのだろうが、
リボーンが語尾を下げたところを見ると、取引は
平穏には終了しなかったらしい。

 何らかの闘争の可能性も、彼の口調から示唆されたが
いつも本部に戻る彼からは、硝煙や・・まして血の
匂いひとつしなかった。
 
リボーンには、気配というものが全くない。
漂わせている匂いも、雰囲気も無い。
 例えるなら漆黒の「無」――闇、だ。

 思えば彼自身の外観もそうだった。
真っ黒な眼、髪、着るスーツもコートも
ネクタイの色も・・すべて、無に彩られていた。
『黒は死者へ鎮魂を意味する色だ』
 以前彼に聞いたことがある。

――殺し屋、という家業は必然的に
他人の死を伴う。だから・・彼らは
黒を好んで着るのだ。

 それは自分が殺したものに対する
唯一の手向けになるから。


 そんなことをふと考えながらリボーンを
見ていると、彼は俺の飲みかけのグラスを
ぐっ、と煽った。
 彼がやけ酒なんて、正直めずらしい。

 口の端を拭って天井を仰いだリボーンと
眼があう。
「なんだ・・」
「別に。何でもないよ」


「――リボーンってさ、何の匂いもしないね」


 初めて会ったときから、彼のことは
何も知らない。出生も人種も、生い立ちも
今彼が何を考えているのか、さえ。

そうでもないぞ、と言いリボーンは
俺の膝に枕を乗せる。
 めったに無いけれど・・これは彼の
一番の甘え方だった。


「・・お前が染み付いて消えなくなった」


 ははは、と俺は笑ったけど、その後
何故だか泣きそうになって眼をつぶった。
 こんなことで涙ぐんでたら、また
リボーンに怒られる。

「そっかぁ・・変な虫がついちゃったね」
「ああ、俺にしか似合わんがな」

 ――これは夢かな、と一瞬思ったけど
真下ではリボーンが狸寝入りをしてて
それを起こすとまた怒られるからじっと
している。

 やがて朝がくれば、いつものごとく
リボーンは行き先も告げずに出て行く。
俺は何も言わずに待っているだけだ。

君を迎えられる幸せを、俺はあと何回
感じられるのだろうか。
――きっと君は笑うだろう、でも。

こんな夜は・・君に似た闇がもう少し続けば
いいのに、と思うんだ。



<終わり>