[約束]


10年後、イタリアにて。


 ツナは新聞を広げると、その見出しに眉をしかめた。
最近台頭してきた、イタリア北部を根城にするマフィアが
またひと悶着起こしたらしい。
――ホテル買収で大量解雇・・か。

 最近のマフィアは密輸や破壊工作、殺しだけでは稼がず
もっぱら観光業界に進出していた。碧く澄んだ海と、歴史的
建造物の多いイタリアは、世界的な観光地でもあった。
 そういう点では、ボンゴレファミリーは昔かたぎの
商売をするマフィアと言ってよかった。その伝統は今も
リボーンが守っている。

――マフィアなんて、所詮「闇」なのさ・・
 そう自嘲気味に微笑んだリボーンの真意は何だったのか。
ツナは新聞を閉じながら考える。
 自らを・・この業界でないと生きられない人間、と語った
リボーンの眼には何が滲んでいたのだろう。

光なんて必要ない、と彼は言った。

「もともと路地裏で湧いていたダニを、集めただけの集団
だからな。まっとうな生き方なんて向いてないんだ」
 ――俺達には、俺達にしか分からない流儀がある、と
リボーンは以前ツナに語った。
 ツナが、ボンゴレの頭領を襲名する前夜だった。

 マフィア、と名乗る連中は確かに彼らにしか理解できない
掟のもとで動いていた。それは血よりも濃い結束と、揺ぎ無い
ファミリーへの忠義により成立していた。
 一度足を踏み入れれば、二度と道を外れるのは許されない
のだ。

 だからこそ――彼らを導く存在は重要だった。それはもちろん
唯一絶対の・・ボスである。

「俺は・・何を信じたらいい?」
 
 その夜ツナは、リボーンに真剣な眼差しで尋ねた。
彼は、少しだけ口角を上げて答えた。


「俺のことだけ考えてればいい」


 これからボンゴレ頭領を継ぐにあたって
ツナはいろいろな妨害、裏切り、流言蜚語を
浴びせられるだろう、とリボーンは推測した。
 過ぎた欲は己の進むべき道を閉ざし、また
曇った眼は信じるに足らないものを映してしまう
だろう――と。


   必要なものは、唯一こころを許せる存在に対する
絶対の信頼だけだった。

「俺がお前を守る。だから何も考えるな。
お前はただ、――俺の言うことを聞いていればいい」

 そうすればお前の命は保障してやる、とよどみなく告げたリボーンに
ツナは驚いたが神妙に頷いた。
 それが彼との――約束、だった。


「浮かない顔してるな」
 ふいに、リボーンの声がしてツナは顔を上げた。
任務から戻ったらしい彼は、タオルで汗を拭うと
どさっ、とソファーに腰掛けた。

「北部の奴らだろ?どうせすぐ潰れるさ、ほかっときな」
 ツナが読んだニュースを、リボーンは何処からか入手していた。
「そうなの?」
「観光業界は横のつながりが厳しいんだ。新参者の・・まして
マフィアの影がちらつくようなところ、協会が認知しない」
 そう言い捨て、リボーンはグラスの水をぐいっ、と
飲んだ。
 リボーンの素早い読みと講釈に、ツナはぽかんとしたが
やがて納得したように新聞を丸めると、ゴミ箱に捨てた。



「それより、会合用のスーツ届いたのか?」
「届いたけど・・あんな高いの一つで十分だよ」
 リボーンは自身はもちろんのこと、ツナが着るスーツのブランドや靴
ネクタイにまでもこだわった。
「馬鹿。お前がちゃんとしないと、ボンゴレ全体が
舐められるんだよ」
 部下にも示しがつかんだろ、と言われツナはしゅんと
する。
「ま、馬子にも衣装・・ってな」
 片眉を上げて言われ、ツナは顔を真っ赤にした。
「・・リボーンのいじわる」
「なんだ、優しくして欲しかったのか」
 ――そういう意味じゃなくて、と言い返したツナの
唇を彼は・・優しく閉じる。


「そういえば・・『ただいま』がまだだったな、10代目」
「・・おかえりなさい」
 キスで何もかも誤魔化され――ツナはふてくされて答えた。
10年経っても、彼には叶わないのは一緒だった。


 それから、例のホテルが協会から締め出され、結局潰れたと
いうニュースを耳にしたツナは、リボーンの洞察力に改めて
驚嘆した。ただ、手放しで褒めると彼に何をされるか分からないので
ツナはそれを胸の内だけに留めた。

  届いた上物のスーツは、リボーンにはとてもよく似合っていたが
ツナは彼にさんざん「まるで七五三のようだ」とからかわれた。
 それでも彼のスーツ姿は部下には大好評で、会合も滞りなく
進んだ。
 話し合い後、スーツを脱いだツナがリボーンにさんざん「お礼を
言わされたこと」は、言うまでもない。





<終わり>