『 楽園 』






 キャバッローネとボンゴレのボスが恋人同士であることは
明白な事実だった。


 通常敵同士である立場の人間が結びついたり・・まして
恋愛することなど追放もののご法度なのだが、
それがボス同士であるなら話は別だった。

  それはキャバッローネとボンゴレの堅い信頼関係を
表すものであったし、他のファミリーを牽制する
手段にもなっていた。

  無論、後者の意味でボス同士が関係を結ぶことも
少なくはない。
彼らは情報を求め、身を切り売りすることを
ひとつの仕事と捉えていた。
その見返りは誰にも邪魔されることのない、悦楽だった。




「・・ディーノさん」
 ツナは恋人の名を呼ぶと、羽根布団の中で
器用に寝返りを打った。布団から見え隠れする
少年の素足が艶かしい。

「ただいま。ツナ」

 皮のジャケットをソファーに引っ掛け、
男は眼を細めて微笑んだ。

「随分待たせてごめんな」
 ううん、とツナは身を起こした。
布団を肩までたくし上げたものの
そこから覗くくっきりと浮かんだ鎖骨や
華奢な身体がディーノ自身を激しく
刺激する。


  彼はそのままベッドに腰掛けると
純白の布団をツナの腰まで下ろし
あらわになった肌に直に触れた。

「――あ・・っ、ディーノさん・・」

 ごつごつとした大きな手が、浮き出た
肋骨をなぞり、落ち窪んだ腰の骨に触れると
ツナは堪らなくなって彼に抱きついた。

 もっと直接、彼に触れてほしい――

甘い吐息を漏らすツナにディーノの唇が
重なり・・二人はベッドに深く沈んだ。




 彼らが「深い関係」――になってから
イタリアのマフィアの勢力図は一変した。

 二つのファミリーを繋ぐパイプはより
強固で確実なものになり、事実上の
合併とまで言われたほどだった。

  ツナはディーノの屋敷の住み着き
そこにちょくちょくリボーンが訪れていた。

ボンゴレの10代目は表舞台から姿を消し
ディーノが両方の仕事を率なくこなしていた。

――ボンゴレの10代目はその身を
キャバッローネのボスに売ったのだ。

  巷ではそんな噂も囁かれたが、報復を恐れ
表立ってボンゴレを非難するものはひとりも
いなかった。




「・・大丈夫か、ツナ?」


  ディーノは抱きかかえるようにしてツナを
起こすと、その口に水を含ませた。ごくごくと
喉を鳴らして水を飲むツナは出会ったころより
随分と細かった。

「あんまり無理すんなよ、もともと体弱いんだから」

  互いの欲望が高じて身体を重ねることはあっても
ディーノは無理な行為は一切しなかった。
ただ彼の屋敷から一歩も出ないツナにとって、
ディーノとの逢瀬は、医者が勧める「適切な運動量」の一部だった。




ツナは原因不明の病にかかっていた。




 ストレスからくる・・一種の自律神経失調症
――が、医者の下した判断だったがどんなに名医を
訪ね歩いても特効薬は見つからなかった。

 ツナは見る見るうちに痩せ、食事も喉を
通らなくなったため見かねたリボーンが
ディーノに打ち明けたのが始まりだった。


 ディーノはすぐに自分の屋敷にツナを
呼び寄せ、主治医を住まわせて献身的に看護した。
その甲斐あってツナの病状は幾分か快方に向かい、
ディーノとの行為や仕事の一部を許されるようになっていた。




「俺・・死ぬときはディーノさんと一緒がいいな」



 
 自分の腕の中でうわ言のように呟いたツナに
彼は苦笑した。

「何言ってんだ・・ばか」
 空ろな眼で自分を見上げる少年を強く、強く
抱きしめる。

「死ぬわけないだろ・・」
――そんなこと俺がさせない、絶対に。

 策略と、死と闇の中・・やっと見つけたのだ。
ファミリーより、自分の命より大切なひとを。





「ディーノさん・・ごめんね。俺が死んだら・・俺のこと忘れて」





 ディーノには返す言葉が無かった。
そんな約束は出来ない――でも、もしそのときが
きたら。


 それが・・唯一自分が愛したひとのたったひとつの望みなら。
――きっと・・俺は。


「ね。ディーノさん・・抱いて」
 ディーノは息を飲んだ。医者から行為を許されてから
ツナは頻回に自分を求める。
 過負荷はかけられないと分かっているため行為自体は
ゆっくりと時間をかけるものの、続けざまに愛することに
ディーノは戸惑った。
 いくらツナの望みとはいえ、肝心のツナの命を縮めてしまっては、
元も子もないのだ。


「お願い・・ディーノさんを俺の中に・・たくさん残して・・」



 ディーノは無言で頷いた。薄く赤みを帯びた頬を両手で支え
閉じた瞼の上にキスを落とす。


 二人の楽園はいつか永遠に閉じられるだろう。
それでも。



  愛した証は残るだろう。この絹のような肌の中に。

 





<終わり>