『 夢で逢えたら 』
コールを三回続けてから受話器が繋がった。
返事は無言――相手はもちろん「彼」だ。
リボーンが不在のとき彼はいつも主人の代わりに電話に出てくれる。
世界のどこにいても繋がり記録も残らず、盗聴の心配も無い特注の衛星電話だ。
でもその機能を使うことはほとんどない。大概いつ
電話しても彼は出ないし、携帯は圏外だ。
昨日イタリアにいたら明日その反対側にいるような最強のヒットマンの
行方を知るのは雲を掴むのに等しい――それでも、こうして主人の代わりに
電話に出てくれる彼とのやり取りが楽しくて
俺はたいした用事も無いのに履歴のボタンを押してしまう。
主人が不在の間の秘密の、回線を通した二人だけの
――そこで繋ぐのは愛でも恋でもない。ただ昨日食べた料理のこととか
美しいフランスの古城から眺める湖だとかうまくいかなかった取引の反省とか
いつも一生懸命なんだけど空回りする俺の右腕のこととか。
「もの言わない相手と話して、何が楽しんだ?」
そう呆れた様子のリボーンに言われたことがある。
気まぐれといえばそれだけ、愚痴をきいてもらうにはとても静かで
全部吐き出すと俺はとても晴れ渡るこころになる。
この地を初めて踏んだときと同じ気持ちになる
――どんなに信頼を置いていても同じ人間には話せないことが・・どうしても、あるんだ。
「リボーンも、人生相談すればいいのに」
俺が軽口を返すと、「なら相談料は、俺はタダだな」と、言った。
「・・彼はいつでも無料だよ?」
リボーンはため息をひとつだけ落として
「それはお前だからだろ」
と言った。その言葉の意味をまだ俺は知らない。
「お前が考えるほど、レオンは甘くも優しくも無いぞ?」
リボーンが彼を相棒に据えるにあたり、一番苦労したのは
彼を手なずけることだったと聞いたが、あの穏やかなレオンに
対して苦労したなんて・・正直俺には意外だった。
「まぁ、お前には絶対見せないだろうけどな」
「何を?」
本心、と答えたリボーンは何故か漆黒の瞳に同情を浮かべていた。
俺の知らないレオンがまだいる――と、いうことなのだろうか?
「・・ああごめんね。ちょっと考え事してて」
彼と話すときはいつも俺の独り言になってしまうのだけれど、
穏便で聡明な彼は嫌な顔一つせずただ金色の眼をぱちぱちと
開けたり閉じたりして、俺の話を聞いてくれる。
不思議と彼に話を聞いてもらうと、解けそうにも無いと思っていた
難題の答えがふいに浮かぶし、あんなにこころの中を渦巻いていた
どす黒い思いが綺麗に浄化されてしまう。
彼は俺の嫌な部分を吸い取ってしまう魔法を持ったカメレオンなのだ。
「ね?レオン・・漠って知ってる?」
ふいに思いついて尋ねると、受話器の向こうがしんとした。
たぶん知らないかな・・と俺は思った。不思議とこういう推測は当たる。
「獏ってね・・悪い夢を食べてしまうんだって」
それでね、その力でよい夢を見せてくれるんだよ
――そう言いながら俺は、俺の汚いところを吸い取ったレオンが
それをどうやって消化してるのか少しだけ・・気になった。
お腹を、壊していないといいのだけれど。
「何だか、レオンも・・漠みたいだなって思ったんだ」
主人の教え子の愚痴に付き合う根気強いカメレオンだから
俺の吐いた毒も綺麗な水に変えてしまうかもしれない・・
むしろ、そうだったらいいな、と思って俺は受話器を置いた。
その夜夢に出てきたレオンは、くるくると尻尾を巻いて
俺の方にとことこと歩いてきた。
十年前と変わらない大きな金色の瞳、艶々と輝く緑色の鱗
細く長いときどき未来を予知する尻尾。
俺の肩に乗った、最強の家庭教師の相棒の横顔が
何故だか笑っているように見えて俺と彼はそのまま雲の上の世界を散歩した。
色々彼に聞いてみたいことはたくさんあったけれど、右肩の重みがとても・・嬉しかった。