リボーンが消えたのは、イタリアに来てから一年後の冬だった。

消えた、といってもときどきふらりといなくなり、気がつくとまた
そばにいる猫のような彼と付き合っていると、彼のいない時間はそれほど
気にならなかった。
契約終了の書置きを残して、彼がファミリーを去るまでは。


 気にすることはありませんよ、と獄寺君は言った。
「筆跡鑑定にかけましたが、あの字はリボーンさんのものとは
一致しませんでしたから」
「彼の本当の筆跡かもしれないよ」
 正体不明、腕だけは史上最強のヒットマンなのだから
意のままに筆跡を変えることが出来ても不思議ではなかった。
彼は殺し屋としてのポリシーから偽名は使わなかったが
変装の天才でもあった。


「俺が、いいって言ったんだ」
 新聞を閉じて言い放った俺の言葉に、獄寺君は淹れかけた
コーヒーを零しそうになった。
「十代目・・今、何と?」
 信じられない、という蒼い瞳が俺に問いかける。


「暇を貰いたい、って言ったから許した。それだけだよ」
 俺は端的に事実を述べた。聞かれなければ、明かすつもりはなかった。


「しかし十代目は・・」
「ずっと好きだったよ。君も知るとおり」
 さらりと続けた俺の言葉に、獄寺君の手からカップが滑り落ちた。
深紅の絨毯に黒い染みが円の文様をじわじわと描いていく。
 でも、と俺は畳んだ新聞を机に置いて言葉を続けた。


「彼は誰のものでもないんだ。俺はずっと、そんな彼が好きだったんだよ」


 窓の外の晴れ渡る空のような俺のこころとは対照的に
呆然と絨毯の模様を見つめる彼の瞳が滲んでいく。
それが同情か、憐憫から来るものなのかは俺にも分からない。


 その細い腕にしがみ付いて、離れたくないと縋るくらいならいっそ
彼を自由の旗の下に離してやりたかった。何の未練も残さずに。


 彼は俺の全てを壊して消えた、眩しいくらい真っ黒な彗星だった。