ボンゴレ九代目が亡くなった夜、彼はファミリーとの契約をやめると言った。
もともと彼と契約を交わしていたのは九代目だったから
前任者が消えれば俺と彼は無縁だった。
 行かないで、と言った俺に彼は帽子の向きを整えはっきりと言った。

「いい年して我儘を言うな。お前とは契約しない――だから、俺とお前は無関係だ」
「関係はあるよ」
 彼の言葉に継ぎ足した台詞に、真っ黒な瞳は一度だけ伺うように俺を見た。
確かに俺は彼と何度も、部下と敵の目をあざむいて抱き合った
――でも、今問い質したいのはそんなことじゃない。


「あの人を殺したのは君なんでしょう?」


 紛れもないはったりだった。
ただ、彼を繋ぎとめておくためなら、どんな可能性さえ罠にかけるつもりでいた。
悪魔に魂を売ることさえ本望だった。
 俺を見上げた濃い闇の瞳に、一瞬だけ焦りが滲んだ――ポーカーフェイスに隠された
彼の表情の微細な変化を俺は見逃さなかった。
十年付き合ってきて、この読みだけは自信があった。
「何が言いたい?」
 刺すような語調は、動揺の証だった。
それは、主君殺しという殺し屋が犯した禁忌を裏付ける
――彼にとっては珍しい致命的なミスだった。


「これは契約だよ。俺は何も言わない、だから君は何もしてない、それだけだ」


充分間を取って、俺は出来る限り余裕を浮かべているように話した。
何の根拠も証拠もないことを知られたら、おそらく俺は逆に彼に殺されるだろう。
彼を繋ぎとめるのは俺にとっても命がけだった。


「契約しよう、十代目」
 ひと筋の光のような言葉に、俺の背中に冷や汗が滴り落ちた。
この嘘は絶対に暴かれてはならない、諸刃の剣だった。
リボーンは確かに己の主人に手をかけたのだ
――そしてそれを知っているのは世界中で俺ひとりだった。


 まずは祝杯と行こうか、と差し出された缶ビールを喉に押し込めたものの
俺はまったく酔うことができなかった。

罠にかけたのは自分であったはずなのに、既に己の身体は見えない牢屋に
手錠でつながれている気がした。