COLORS




















コスタ・スメラルダ(エメラルド海岸)を一望するバルコニーに降り立つと
ツナは階下の宝石を散りばめたような海に感嘆の声を漏らした。

アルツァケーナ湾からクニャーニャ湾の、およそ10キロメートルに渡る海岸線は
青と藍と群青色を足して、水で透き通るまで薄めたような海原が広がっていた。
北西から吹く、地中海特有の冷たい風(イル・マエストラーレ)に
栗色の寝癖のついた髪をたなびかせ、ツナは気持ちよさそうに眼を細めた。
 ヨーロッパ屈指のリゾート地であるサルデーニャ島を、半年ぶりの休暇で
過ごす場所に選んだのは、ひとえに人影と都会の喧騒から離れたかったからだった。


「たまには・・こういうのもいいね」

 洗いざらしたシャツのボタンを外しながら、ツナは室内にいた黒いスーツの男に微笑んだ。
典型的な地中海性気候であるこの島の夏は、からりと晴れていて暑い。
シャツの襟元を手で仰ぐと、ツナは部屋を見渡していた彼を呼んだ。


「リボーンもこっち来なよ、凄く・・綺麗な海だよ」

 ツナが晴天の先を指差すと、ジャケットを脱いだ男は小さく答えた。
「俺は、日光は嫌いだ」
 そうなの、とツナは両目を見開いてネクタイを緩める彼の仕草を見やった。
無敵のヒットマンに弱点を見つけたことが意外だった。


「・・だからリボーンって血色悪いんだね」
「肌の色は地だぞ」

 誤解を招く表現をするな、とリボーンは少々ぶらっきぼうに言い
ベランダにいるツナの手を引いた。
細い右手の力は思いのほか強く、ツナは薄暗い室内に引き戻された。
ランプの明かりが浮かび上がる寝室は、大陸を渡る風が通り抜けて涼しい。


「もうちょっと、日焼けしたかったんだけどな」
 自分を引き寄せた腕の主に抱きしめられ、ツナは小さく呟いた。
頑丈な防弾壁に守られた部屋で年中仕事をしていると
すり注ぐ太陽の焼け付くような光が恋しくなる時がある。
 それは世界中を飛び回る、史上最強の護衛でもあるヒットマンを
切望する気持ちによく似ていた。  


彼は、真っ黒だけども自分の全てを奪う光だった。
囚われた瞬間、離れられなくなった。
どんな運命が待っていても、そばにいたいと我儘を言ったのは自分だった。
だからこうして僅かな休日を合わせ、秘密の逢瀬を重ねるのだ。
露呈すればファミリーを根底から崩してしまうという爆弾を抱えながら。


「焦げるくらい抱いてやる」


 不器用な激しさを伴った台詞が、脳裏を木霊しツナは激情に身を任せるように眼を閉じた。
何かを決意するとき彼は、とてつもなく哀しそうな暗い眼をするのだ。
漆黒のそれは、自分を十代目に押し上げるために、彼が前任者の首に手をかけたときに
描いた瞳の色と同じだった。
罪に駆られたのは愛だけではない。
犯した禁忌の数だけ色濃くなるのは、引き返せない過ちの深みだった。


 世界がたった一つの色で出来ているとするなら、自分を囲むそれは
紛れも無く彼と同じ・・闇だった。  


いつのまにかネクタイを外した彼のシャツにツナが顔を埋めると
二人の体は整然としたシーツに倒れこむように沈んだ。
身体のあちこちに傷跡を残す彼の愛撫を受け入れながら
ツナは先ほど瞳に焼き付けた二つの水色を記憶の中で重ね合わせる。


透き通る海の蒼と、晴れ渡る空の藍。
真っ暗な世界の中で強烈な印象を残した二つの光。


彼は――溶けあうグランブルーの先に、行く果ての無い夢を描いた。