会議を終えたばかりのボスと執務室に連れ込んだのは、別の意味で彼を労うためだった。
ドアが閉じた途端唇を重ね合わせ、勢いのままソファーにもつれ込むと
真っ白なツナのジャケットから――小さな瓶が零れ落ち音を立ててフローリングの床を転がった。
いつもならポケットから落ちるものなんて気にせず唇を求め合うのに
それを落としたときの彼の表情がリボーンには気になった。
青緑色の粉末が半分くらい入った小瓶がころころと転がる様を
腕の中のボスは瞳に切なさを浮かべて見送っている――彼はそれに、気づいているのか?
「――どこで拾ったんだ?」
乱暴にシャツをこじ開け、首筋に舌を這わせながら詰問すると
ツナは、ああ、あれ?と吐息交じりに零した。
「・・君を、殺せって・・言われたんだ・・っ」
絹のような肌に噛み付く荒々しいキスにツナは掠れた声を上げ、殺し屋の首筋に
両腕を巻きつけたまま仰け反った。
あれほど恥ずかしがって声を噛み締めていたツナはどこに言ったのだろう――と彼は思う。
目の前の、頭の中だけは10年前と変わらない少年のような男は
残す傷跡に従順な喘ぎを零す雌猫のようになっていた。
妖艶な彼も、純朴な彼もどちらも自分の胸と下半身を締め付けて離さないが。
殺し屋が唇を離すと、ツナは右手を額の上に乗せ表情を隠して口角を吊り上げた
――正確に言うなら、無理矢理、わらった。
「・・だから、殺しちゃった・・はははっ」
そういえば会議が始まる前、幹部の一人がどこから侵入した賊に「殺された」という
情報を聞いたことがある。
どこのファミリーか、とリボーンは二三思い当たる節を描いたが
投げやりなボスの笑みに「こいつか」と納得した。
それ以上彼は深入りせず、ただひたすらツナの熱を貪った。
真実なんてものは、はじめから存在していない。
重要なのは大切なボスに危害が及ぶかどうか――それだけだ。
一通り繋ぎ合わせた汗ばんだ体が、小刻みに呼吸を繰り返している。
小柄なためか、ただ単に体力がないのか――それとも自分が求めすぎてしまうのか
・・彼はぐったりとしたボスの右手を手の甲から首筋に向かって沿うように・・
長い長いキスをした。自分のために部下を殺したボスの細い右腕が無性に愛しかった。
「――君はいつか、ボンゴレを侵す毒薬になる・・」
呪文のように呟いたツナの言葉は、きっと死ぬ前に例の男が残した言葉なのだろう。
現にボスを死ぬほど犯しているのだから――確かに俺はいつか、ボンゴレを
内側から食い尽くすのかもしれない、とリボーンは思った。
正直ツナと身体を結んでからは・・ボンゴレのこともヒットマンとしての立場も
どうでもよくなっていた。
彼が望むなら一夜ででもファミリーを根絶やしにするだろう、と黒髪の殺し屋は思った。
イタリアのすべてのマフィアを敵に回すことになってもかまわない
それに――何の後ろ盾が無くてもツナと自分の身くらいは守れるだろう。
自分の想像の先にリボーンは笑った。
血と硝煙の街で、ツナと二人で生き延びるのも悪くない――そういう微笑みだった。
――それで、毒薬か・・。
おそらく殺された幹部はボンゴレの将来を危惧し、ボスに進言したのだ。
ボスと身体もこころも結びつきすぎている殺し屋が、ファミリーを裏で操り
――ボンゴレにとっての脅威となる予想を打ち立てて。
読みとしては正しいが、根本的なところで間違えたな、とリボーンは思った。
確かに自分はボンゴレのためにツナを十代目に据えた。
それで己の役割は終わったと思っていたが、就任式の夜の告白がすべてを変えた
――自分の運命を狂わせた、といってもよい。
今自分がフリーの地位を捨て、ボンゴレに所属しているのはひとえにツナがボスだからだ。
彼さえ望めば――こんなマフィアのひとつふたつ簡単に潰してやるし
彼が欲しいというなら人材を引き抜いて新しいファミリーをプレゼントしてもいい。
そう考えるリボーンの表情を、じっと見つめていた薄茶色の両眼は
一度瞬きをしてから縋るような眼差しを彼に向けた。
将来毒薬になると予言された男に、毒よりも甘い口付けを施された唇が開くと
中から散々愛されて痺れた小さな舌が覗いた。罠のような甘美な口元から零れた言葉は――
「・・リボーンだけは、殺さないでおいてあげるから・・」
小さなボスの最大限の告白が嬉しくて――彼は返事も告げずに濡れた口元に噛み付いた。
揃った歯列を奥歯まで撫でて、舌の根元まで息をつぎ込んで
喉の奥までどちらのものでもない唾液を絡めて
――それはどんな毒薬よりもすみやかに
どんな麻薬よりもすばやく自分を天国に連れて行く極上の・・
天にも昇れそうなボスの台詞と、口腔が溶け合うような口付けを味わいながら彼は
――ツナの腕の中で死ぬのも悪くない
そう、思った。目の前の、血も涙も少しずつ過去においていく自分だけのボスが
――己を抱いて泣くのも悪くなかった。
この細くてたよりなくて弱い――根性だけは据わった小さなボスが与えるものなら
「死」でさえ自分を酔わす、甘美な毒薬だった。