大切な取引をやり遂げた、という一瞬の気の緩み・・精神的な隙を狙われたのだと思う。
取引相手が懐から持ち出した鈍く光る銀の筒に対する対応が一瞬だけ――遅れた。
爆風と爆音の中で焼け付くような炎から俺を護った黒い残像は
昨日愛した恋人の背中に非常によく似ていた。
「・・生きてる」
コンクリートの天井を見上げながら呟くと、包帯に巻かれた右手が視野に入った。
白い衣で形どられた五本の指をそっと握り締める
――細い先端が、手のひらに食い込む感触に俺は苦笑した。
・・まだ、生きてる――それは俺にとって救いだったのか、それとも。
右手の向こうに見慣れた蒼い空と、その先の窓枠に、遥か遠い水平線が重なっている。
目覚めた時眺める景色が胸も澄み渡るような青空なら
――きっと誰もが此処を楽園と思うのだろう。
でも、と思考の先に俺は苦笑した。
どんな綺麗な海が、胸を震わせる音楽が、舌も溶けるような美酒が自分を待っていたとしても
そこに行くことはできない。
彼がいなければどんな至上の楽園も、色あせた薔薇のようだった。
彼が存在しなければ、この瞳の奥の硝子に映るのは灰色の終わってしまった世界だけだ。
自分とちょうど平行に並んだベッドの上の、見慣れた男の横顔に俺は一瞬息を飲んだ
――彼が俺より明らかに重症であるのはその包帯の巻き方や、点滴の量だけで容易に想像がついた。
「リボーン・・」
彼の名を呼ぶと、漆黒の瞳は呼応するように開き、俺を見てわずかに瞳孔を細めた。
「・・勝手に殺すなよ――馬鹿ツナ」
視界が緩むのは泣いているからだ、と俺は気づいた。
彼を見ただけで――俺より深い傷を負った男の横顔を垣間見ただけで両眼から
焼けるように熱いものが滴った。
安堵したのか、落胆したのかは分からない。
正確に言うならその両方だった。
「・・俺を、失望させないでね?」
ゆっくりと起き上がった俺は、彼の身を覆う布団をそろりと剥いでから
彼の上に跨るように乗った。
急に起き上がったせいで脳裏はぐらついて、少しだけ吐き気がしたけれど
俺はかまわず彼のズボンに手をかけた――下着を外してその下の
――俺が一番愛しくて憎らしい彼の一物を握り締める。
まだ十分な硬さを持たないそれを、一生懸命両手ですりあげたり
舐めたりすると先端から滲んだもので指先の包帯が濡れた。
「・・下手くそ」
性交を始めるにはまだ未熟な、俺の動作をじっと見てから彼はなじった。
その皮肉の篭った声さえ熱い――下手に決まってるじゃないか、だって初めてなんだから。
いつもさんざん入れて楽しむくせに、俺に触らせてくれたことなんて一度も、ない。
「・・リボーン、もうそろそろ」
赤みがかって怒張したそれを握り締めると、もう太腿の内側が疼いて仕方がない俺は
ほんの少しだけ股を開いて――彼の先端をそっと、自分の入り口に押し当てた。
彼の熱を内側で感じることだけが、彼の生を知る唯一の手段だとしたらこんな陳腐な愛などない。
卑怯だとか、最低となじられてもかまわない。
包帯と点滴で拘束されて動けない彼の上で、ひとりで楽しむことが出来るのはボスの特権なのだから。
潤滑油は彼の精液だけだから、いつも十分に彼の指を飲み込んでから
本体を受け入れる俺の入り口は、裂けてしまいそうだった。
痛い、熱い、硬い――自ら望んでこんなものを受け入れて何になるのか
何を俺は確かめたいのだろう。
欲しいのは快楽でも、彼がそばにいるという安心感でもない。
望むのは――彼が俺のものだ、という・・絶対的な真実だった。
「・・ひ、・・ぁ、ああ・・!」
全部押し込んだと思った途端、彼が器用に腰を浮き上げて
俺を攻め立てたものだから、耐え切れない俺の瞳は、痛みと衝撃で生理的な涙を零した。
知らなかった・・俺が上に乗ると――こんなところに彼の先端が、当たるんだね?
「あ・・やだ、――イっちゃう・・!」
繋いでから早々に達すると彼に必ず馬鹿にされるのだけど
そんなこともかまわず俺は彼の腹の上で果てた。
自分で動かなくても、すり上げてかき回す彼の腰の動きだけで達してしまったことが
無性に恥ずかしくて俺は俯いた。
それに――俺の中にある彼はまだどくどくと十分すぎるほど脈打って
極みに到達するのを待っている。
「――俺がイくまで降りるなよ?」
口角を上げた不敵な笑みに誘われて、俺は恥辱も侮蔑も全部この身に浴びる覚悟で
腰を浮かせたり、落としたりした。
彼を上り詰めさせたことなんて、正直一度も無い。
漆黒の瞳が、かけたはずの罠に自分からはまった俺を、力の入らない足の下で嘲笑っている。
気持ちよくて、情けなくて――でもやっぱり気持ちよくて俺は彼を受け入れながら、泣いた。
彼が生きていて嬉しいのか、残念なのかさえ分からなくて俺は、下半身から沸きあがる切なさに
こころも身体も投げ捨てた。
生きていればもっと一緒にいられる。
無くなれば一生俺のものだ――そう思った矢先に本当は、ひとつだけ後悔した。
――彼の屍を抱いて、一緒に死ねたらよかったのに。
体内で弾けた彼の生の証を、身体の一番奥で感じながら俺は
もったいないことをした、と思った。
二人乗りの地獄行きの片道切符を貰い損ねた、悔し涙だった。