[ First limit ]




 夜12時には戻る、と告げたはずが
本部の入り口の扉に手をかけたころには
すでに東の空は白んでいた。
 少しだけ歪んだ帽子を被り直してから
ため息を落とすと、男は音を立てないように
ドアノブを回した。


 執務室の中央の大きな机の上に、栗色の髪を
携えた小さな頭がうつらうつらと船を漕いでいる。
彼にとっては大事なボスだが、頬杖をつきながら
居眠りをする姿はいかにも頼りなかった。


 起きろ、と男が肘でその細い腕を小突くと
少年の左腕はぽとりと下に落ち、彼はそのまま顔面を
机に強打した。


「痛た・・あれ?リボーン・・帰ってきたの?」
 僅かに赤らんだ額を押さえながら、ツナは
寝ぼけ眼をこすった。
 ツナは男が小突いたことで顔面を机にぶつけた
ことには気づかず、彼を見上げるとおかえり、と
微笑んだ。
 リボーンは声に呆れと、諦めを滲ませながら
答える。


「・・どうしてこんなところで寝てるんだ」
「リボーン、真夜中には戻るって言ってたから・・」
「先に寝ろって言っただろう」


 たしなめるような声にツナは、リボーンを見据えて
答えた。


「・・俺だけいつも、蚊帳の外なのは嫌だよ」


 本部に来てからの初めての我儘、だったのではないか。
リボーンは両目を一瞬だけ見開くと、直ぐに表情を戻した。
鉄の仮面と言われる、無表情に。


「何言ってんだ・・お前は――」
 俺の言うとおりにしていればいいんだ、と
リボーンが言いかけたときだった。


「俺に会いたくないときは・・いつも嘘をつくよね?」


 責めるような、切羽詰った響きにリボーンは
顔を上げた。自分を真摯に見上げる茶色の瞳に
僅かだが滲むものがある。


「今日は夜遅くなるとか、明日には帰るとか
でもいつも・・守ってくれないじゃん。
俺、ずっと・・待ってるのに」


 待てと約束した覚えもないのに責められる
筋合いは無い――が、ツナの的を射た指摘に
リボーンは心苦しくなった。
 確かに、ツナと鉢合わせたくない時は
わざと時間をずらして帰るようにしていた。
 特にこんな・・血の匂いを染み付かせて
帰る日は。


「・・リボーンのこと、もっと・・知りたいのに」


 今までで一番強烈な命令だった。抗うこと
だって出来ただろう。涙をたたえた大きな瞳を
見た時に浮かんだ、殺し屋として有るまじき
感情に蓋をすれば。


「・・後悔するぞ?」


 喉の奥から湧き出た言葉は、恐ろしく
低かった。ツナはわずかばかり頭を落とした
リボーンを仰ぎ見ると、絶対に後悔しないと
頸を振った。
 後悔する――その意味を本当にツナが
理解していたかは甚だ疑問だったが、リボーンには
そんなことはもうどうでも良かった。


 ヒットマンとしてのポリシーを捨てることに
なっても、今自分を席巻する感情に抗うことは
不可能だった。


 リボーンはツナを軽々と抱き上げると、綺麗に
整ったベッドに彼を横たえた。その余りの速い
動きにツナは、少々驚いたようだったが、何も
言わずリボーンを見つめ返した。
 まだ日も昇らぬ時間に、彼が何をしようと
しているか、ツナにも見当がついたようだった。


「嫌だったら直ぐ言えよ?」


 ネクタイを頸元で緩めながら、リボーンは
耳元で囁いた。もちろん詭弁だった。もう止めら
れるはずがない。
 囁かれた熱い息に、ツナは両頬を紅色に染め上げたが
リボーンの唇が下りてくるとそっと彼の頸元に
腕を回した。


 きっかり八時に運ばれるボスの朝食が、最初の
制限時間だった。