ねぇリボーン。
こんなとき君は、何を思うの?
[ 手のひら ]
そうふと思ったのは、血に濡れた両手をぼんやりと
眺めたときだった。一時は永劫の忠義を誓った男の血で
五本の指は汚れた。支部長を争う内部のいざこざに巻き込まれた
古参の男は確か40は過ぎていたか。頭髪もやや寂しくなったその
男がミラノの郊外にひとり女を養っていたと聞いたことがある。
妻かただの愛人か詳しくは知らない。
敗者にはすべて同じ名前の道が用意される。それが死という
生物には例外なく定められているものであること、そしてそれをもって
世界を凌駕できるのは他ならぬボスの特権であること。
ボディガードからさんざん聞かされてきたそれをただ、実行しただけなのだ。
ボンゴレ十代目はそう思ったが、ツナは首を立てに振った。
違う、こんなことをするために――この道を選んだんじゃない。
それが身を滅ぼすだけの甘さと知りながら。
緋に染まる両手を握り締めてひとりの人物のことだけを思う。
こんな時彼は何を思うのだろう。そんな暇は無いのだろうか。
それとも彼の心はもうどんな熱でも溶かせないくらい冷えていて
こんなことじゃ微塵も動じなくなっているのだろうか。
それが彼の宿命だと――したら。
絶望を引きずって執務室に戻ると、珍しく早く戻ってきた彼が
帽子をテーブルに下ろしていた。その先に、真っ白な百合の花束が見える。
散々洗った両手を俺はとっさに腰の後に隠した。ひとの命を奪った手
で彼に触れることがとても汚らわしいことのように思えた。
数え切れないほどの命を闇に葬った彼の腕の中で何度朝を迎えたと、しても。
「女が死んだ」
短く告げた声は何の色合いもなかった。憐憫も、同情も、悲壮も。
事務的な響きがむしろすんなりと胸の中に入ってきた。さっき人を
殺してきたからかもしれない。
「ミラノの郊外で頸を吊ってた・・奴の妹だった」
言葉の意味に気づいた瞬間俺は、膝から崩れ落ちそうになった。
よろりと傾いた体を彼が支える。いつ俺の片側に立っていたのかは
分からない。
「リボーン・・俺――」
取り返しの付かないことをしてしまったと、残響が木霊する。
10本の葬送花では到底たどり着けないくらいに。
俺が消してしまったものは命だけじゃないんだ。
あの男の周囲も亡くなった。突然に、だが――必然に。
「・・何も、言うな」
リボーンの言葉の後、俺はそのまま膝を畳んで落ちた。絨毯の深みに
沈むのは悲しみでも後悔でも惜別でもない。二度と綺麗にはならないこの
両手。掴んだ座の持つ代償。その罪深さも闇もすべて、両肩に背負って生きて
いくこと――幾多の命を終わらせることになったとしても。
震える俺の肩をそっと抱き、彼は冷水で温度を失った俺の両手を重ねて
包み込んだ。
死神の手のひらが意外な程温かくて、決壊した涙腺からあてもなく
涙が、零れた。