Mirror
ドアが開いた瞬間、怖気が走った。
振り返ることも出来なかった。両足ががたがたと震えて机に両手をつく。
背中の向こうでドアが閉まった。察する気配から戻ってきたのは十年来の
家庭教師だと言うことは分かる。けれども俺は、彼の名前を呼ぶことさえ出来なかった。
「・・おかえり」
声が震えてしまうことに彼は気づいているだろう。
スーツの上着をハンガーにかける気配、帽子をコートと一緒にかける音。
あくまで彼は「仕事」を終えてきただけなのだ。ただそれが――
とてつもなく血と裏切りにまみれていた、というくらいで。
「――遅かったね」
しばらくして、ふいに息が肩に触れた。背後から近づいた気配は
彼の息が首にかかる。抱きしめられているが心臓は別の緊張で跳ね上がっている。
抱かれることよりもむしろ、彼の眼を見ることが怖い。
「ああ・・悪かった」
声は優しいのに余韻は斬り裂かれそうなくらい研ぎ澄まされている。
ぷちぷちとシャツのボタンを外す音がする。
生暖かいものが首から背中をゆっくりと下降する。
唾液の乾いた後が冷たい。俺は眼を開けて、心の外套がはがされていく
自分自身を、向かいの鏡に映して見る。
「・・リボーン・・っ」
「――今日はえらく、おとなしいな」
耳たぶをかまれて俺は机に手を突いた。
いずれ、立っていられなくなるだろう。
やがて、声も隠せなくなるだろう。俺は
たった今人を殺してきたばかりの君に、殺されたいくらい欲情するんだ。