午前二時





 飲み干したグラスの氷を揺らす。カラカラと小気味良い音がする。
もう一杯飲もうか。それとももう寝てしまおうか。ベルを押せば駆
け込んで来る専属のソムリエは右腕でもある。彼を午前二時に起こ
してしまおうか、なんて非情なことまで考える。

 綱吉は息を吐いた。ああ、やめた。期待をすることも、待ち続け
ることもまた自分を裏切るだけだ。秒針に切り裂かれそうになりな
がら待つたった一人の男は二日酔いの自分を見て大げさにため息を
落とすだけだろう。明らかに馬鹿にするか、もしくは哀れんだ表情
で。だったらせめてよい眠りをもって彼を迎えてやればいいじゃな
いか、ともう一人の自分が言い、彼が眼を閉じた。その時だった。

 扉は音もなく開き、その場の張り詰めた空気がふわりと溶解した。
彼が戻ってきたのだ。「おかえり」と綱吉が言うと、黒いスーツの
男は「ただいま」と言った。

 赤い頬のボスが夢うつつの眼でソファーに寝そべり、氷の入った
グラスをあおっている。酔っていることは明らかで、半分夢を見な
がら待っていたことも、事実だった。それくらいはリボーンでも手
に取るように分かる。いつも、寝ながら自分を待つ睡眠不足のボス
の胸の内だけは分からない。そうして十年が経つ。謎は謎のまま形
を変え、ある種の忠誠心と好奇心を湧きたてながら自分を魅了する。
この男の考えは逆立ちしても分からない。

 沢田綱吉はそのまま眠りこけてしまった。リボーンは苦笑して、
それから彼に近づいて火照った頬にキスをした。あれほど先に寝て
いろと口を酸っぱくしていうのに何故この男は肝心な約束だけ守れ
ないのだろう。そしてせっかく帰ってきたというのに言葉を交わし
たそばから眠り込んでしまうのか。一杯やりたかったんじゃないの
か、恨み節の一つでも。

 リボーンは彼の額をひとなでして「・・ごめんな」と言った。
素直になれるのは相手が寝息を立てているからだ。素面ではとても
愛の言葉など吐けない。