それは俺を形成するただ一つの色彩
この世界は何所も彼処も真っ白だ。
継ぎ目の無いコンクリートを辿る。
その先にあるドアは外側からしか開かない、
そういう作りになっていると彼はいった。
黒い瞳の男だ。
男は、"復活した"と言った。
それが、彼の名前であったことを知るのは、
俺がアルファベットを覚えてからのこと。
ツナ、彼は俺の名前をそう呼ぶ。
その由縁が運命に記された記号によるものである事を知るのはずっと先。
未来の話である。
白い世界
「・・起きてたのか、ツナ」
彼は俺を見つける―といってもこの部屋に隠れるところなど無い―
と俺を布団から引きずり出し「おはようは?」と言って俺の顎を持ち上げた。
機嫌のよい時の彼の癖だ。
「・・オハヨウゴザイマス」
片言の日本語。正直なところ、俺は日本語があまり得意じゃない。
先週まで俺が彼と交わしていたのはイタリア語。
彼の話す言語が俺の公用語なのだ。
「・・何だ、苦しいのか?」
思考を読まれて首を振る。お腹が痛いのだ。
昨日も、その前も全部からだの中に、注ぎ込まれた。
性行為―人はそれを、そう呼ぶらしい。
彼としかしないから本当の所は分からないし、
毎夜お尻の穴が広げられて痛いのか、他の人間に尋ねることも出来ない。
彼の名前は―リボーン、という。国籍は不明。俺よりは年上だろう。
まれたときから俺を知る人。俺が知る唯一の人間。それが彼である。
物心ついた時には彼がそばにいた。彼は――俺を見下ろして
「俺はてめぇの家庭教師だ」と言った。十になった頃だったか。
「カテイキョウシって何?」
「お前に色々なことを教える人間だ――その生活に入り込んでな」
俺は彼に育てられていた、この四角い牢獄のような部屋で。
壁は天井か床まで白くで、窓一つ無い。中央にあるのはベッド。
それから机と椅子。片隅にシャワーとトイレと、それを仕切る
カーテンが付いている。部屋の中はいつも大きなエアコンが作動していて、
俺は風邪一つ引いたことも無い。彼以外の他の人間に会ったこともない。
以前音が無くて淋しいと言ったら、彼がラジカセを持ってきてくれた。
ラジオは聞こえなかった(電源を入れてから一度も)俺は彼が、
週に一度持ってきてくれる――クラシックのカセットをとても、
楽しみにしている(後は本を読むくらいしかこの部屋には娯楽が無い)
リボーンは毎日この部屋にやってきた。
朝八時から、夕方の五時まで。それ以外は何をしているのか知らない。
聞いたことも無い。リボーンは――まず俺に言葉と、歴史を教えた。
彼の話によれば、俺はどうやら特別な(此処にいなければならないという意味で)
人間らしい――だから、部屋を出ることは許されないらしい。来るべきその日までは。
「その日はいつ来るの?」と俺が尋ねると、彼は視線を教科書に戻して、
ゲルマン民族の移動について延々と語り始めた。
答えたくない時、彼が始める授業はいつも歴史だった。
リボーンはとても有能な教師だった。
国語、算数、理科、社会、家庭科から音楽、美術まで彼に
習ったことは多岐に及んだ。すべて完璧だった。
ただ――体育だけは充分に出来なかった。
だから俺は、手も足も真っ白でひょろりと長く痩せっぽちだ。
「体型は気にしなくていい」
そう彼が言ったので、俺は特別気にしないようにしている。
食事は彼が持ってくる(食べ終えた食器と引き換えに)
それは、教科書で見る「料理」とはちょっと違ったもの。
緑色のカプセルとか、甘くて柔らかいゼリーとか
(でも栄養が沢山はいっているんだって)。
「美味しいか?」
リボーンに聞かれて俺はうなづいた。
とどろどろしたゼリーしか食べたこと無いけど
「美味しいよ」
でもね。
「―たまには、お好み焼きとか、焼きそばも食べたい」
俺がそう言うとリボーンは苦笑いして
「どこで覚えたんだお前」
彼の右手がぽん、と俺の頭を撫でる。
我慢しろよ?・・それとも諦めろ?
リボーンの申し訳そうな表情に何も言えなくなってゼリーを食べる。
毎日違う色なのに同じ味がする。
俺が精通した次の日。彼は俺を抱いた。突然だった。
「そろそろ頃合だろ」
リボーンが何でそんなことを言うのか。
俺にはどうしても分からなかった
。リボーンは俺の足をぐい、と広げると――
滴り始めた性器をまじまじと眺めて「発展途上だな」と言った。
何故かむっとした。
「・・じゃあ、リボーンも見せてよ」
「――いいぞ?」
見てから後悔した――彼のは、俺の比じゃ無かった。
「触れてみろ」
「触っていいの?」
勿論だ、と彼は言う。俺は彼の、赤黒い一物を握り締める。
なんでこんなに固いの?
どうしたらおちんちんが、こんなに、大きくなるの?
「・・舐めてみろ」
「おいしい?」
「美味しくはねぇだろうな」
「じゃあやだ」
「舐めたら、もっといいことを教えてやる」
俺はぺろり、とそれを舐めた。おしっこが出るところ。
酸っぱくて、苦くて、どろりとしていた白い液体。
それを後から思い切り顔にかけられることになる。
「・・足を広げろ」
「――リボーン?」
「家庭教師の命令が聞けないのか?」
「う、うん・・」
足を、広げる。リボーンは人さし指をぺろり、と
舐めてからそれを、そのまま俺のお尻の穴に突っ込んだ。
衝撃的な光景だった。だって、そこは・・
「な、何するの!」
「慣らしてんだ。じきに分かる」
「痛っ・・!あ・・ちょっと・・あぁ・・」
「良いのか?」
「イイって・・何・・っ、あ!」
「ここが、感じるのか?」
「ひっ・・いぁ・・っあ・・や、・・ン」
ぐりぐり、ぐにゅぐにゅ、ぐるぐる――指からそんな音はしないけれど。
彼が俺の中で、指を(それも二本に増えている)かき回したり、
押したりするだけで股の間から電流が走るような感じを覚える。
「あっ・・ダメ・・リボー・・ン!」
何かが、お臍の下で弾けた。真っ白になった視界に――彼の神妙な顔が写る。
「・・っ・・んんっ・・リボーン?」
「惜しいことしたな」
全部飲めばよかった。リボーンはそうひとりごちた。
「・・痛くねーだろ?」
「う・・うん・・」
痛くないし、むしろもっと・・――むず痒さに尻を揺らすと、
彼は嬉しそうに「なんだ、もう欲しいのか?」と言った。
「欲しいって、何が?」
「ここに」
彼はべとべとになった俺の入り口を指す。
「俺を」
固く赤黒い狂気を押し当てながら。
リボーンは声もなく笑った。
喜びよりは恍惚感に満ちていたと思う。
俺はそれから記憶がない。彼に蹂躙されたらしい。
話は冒頭の会話に戻る。俺は下腹部を抱えて
「・・痛いな、お腹」
「中に出したからな」
リボーンはにべもなく言った。羞恥心は覚えない。
この部屋には、俺が知る「世界」には、初めから二人しかいなかった。
誰が俺と彼を、こんな形で引き合わせたのだろう?
「痛いよ、リボーン」
どさくさに紛れて抱きつくと、責任取ってやろうか、と彼は言った。
申し訳なさそうな声。盗み見た黒い視線に宿る冷えた炎。
君もしたい?うん。俺もしたい。
そしてまた深く遠い蹂躙が始まる。
「ねぇ・・リボーン」
一時の逢瀬が終わり隣に寝ているであろう彼に声をかける。返事は無かった。
起き上がり布団の右半分を確認する。隣で横たわっていたはずの彼の姿は無い。
「・・帰っちゃったの?」
もう、そんな時間?
俺は起き上がり手元の時計に手を伸ばす。
銀の秒針は午後四時を指していた。
まだ外も明るいのだろう(この部屋には永遠に太陽は昇らないけれど)
俺は白い壁を辿り、いつも彼が重々しく開く扉に手のひらを当てた。
部屋のどこも白いのにここだけ、冷たく重い銀色だった。
――リボーン、どこに行ったんだろう?
いつも一日の終わりまで彼がそばに居てくれるのが当たり前だったから。
一人寝のベッドが淋しい。年中常夏なのに寒くて凍えてしまいそうになる。
――追いかけたら・・間に合う?
そんなことを思うのは、反抗期の始まりだと――以前リボーンは言った。
ありきたりの毎日じゃ物足らなくなったら――
それが合図だ、と。
ベッドから下り、ひたひたとフローリングを歩く。
不思議と足取りはしっかりしていた。
銀のドアを押す。それは意外な程簡単に開いた。
何かがふっと、隙間から流れ込んでくる。
冷たくて、目に見えなくて、常に巡り続けているもの。
――風だ・・
部屋の外に広がっていたのは、うっそうとした緑だった。
――これって・・
「森・・」
絵本で見たことがある風景だった。
木々の間から漏れる光が温かく根を照らし、俺の行き先を
示しているようで、俺は恐る恐る部屋から一歩踏み出した。
初めて踏んだ大地は思いのほかひんやりとしていた。
木々の間を素足で歩きながら、俺はリボーンの姿をずっと探していた。
隙のない真っ黒なスーツ。俺が知る唯一の他人。そして俺のすべて。
彼が俺をあんな緑の真ん中に置き去りにしたのか――俺には皆目検討がつかない。
リボーンは出会ってから一度も、俺に自身については話さなかった。
――リボーン・・どこに行ったんだろう。
ひんやりとした切り株、湿った苔、腐敗した落ち葉の匂い。
映像では学べなかったもの。
世界はこんな青臭さに満ちているんだ――あてもなく歩き続けながら、
俺は、ふいに怖くなった。それは、孤独とは異なる恐怖だった。
彼に教えられるだけだった世界が目の前にある――未知は興味と感心の他に、不安と畏怖を煽った。
――ここにリボーンはいない・・
それは何の根拠もなかったが、少なくとも俺の進む道を決めるには充分な説得力を持っていた。
帰ろう、と思った瞬間だった。
「・・珍しいね」
初めて聞いた声だった。
振り向くと、黒い服を着た男が俺の真後ろに立っていた。
生まれて初めて俺は、リボーン以外の人間と対峙した。
瞳も髪も真っ黒なのに―リボーンとは違う、猛々しさが
身体中から溢れている。野性の獣のような人間。
その美しい男は俺を見て両目を細め、珍しそうに俺に近づいた。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
彼の手が俺の肩に触れる。触れられて気づいた。足がすくんで動けなかった。
「何故、何も着ていないの?」
それから――何が起きたのか。
俺の身体はあっという間に押し倒され、落ち葉の間に沈んだ。
枝が体のあちこちに刺さりとても痛い。
「・・へぇ・・本当に君・・」
人間みたいだね、そう言いながら男は俺の身体を
懐かしそうに撫で回し――下肢の間に触れると興味深そうに
「ここも使ったの?」と言った。
触れられただけで起き上がる性器は、リボーンの教育を如実に現している。
「やっ・・あ・・やだっ・・!」
「へぇ・・随分調教されてるね」
リボーン以外の人間に触れられるのも、知らない男の指が
下肢の間を行き来するのも初めてだった。興奮など微塵も感じない、
嫌悪感と恐怖だけが背筋を走り抜けていく――名前も知らない男の
指先が、俺の一番真ん中を探り当て・・
「・・・やああっ!」
何かが、俺の胸元で弾けた音がした。
俺の上に先ほどまで、楽しそうに指を動かしていた男が倒れている。
「・・っ・・はぁ・・っ・・」
何が起きたのだろう――俺は何もしていない。
動かなくなった男の身体を何とか起こすと。
その後に見覚えのある男が立っていた。
それは俺がずっと――探し続けていた・・
「リボーン・・」
その後の記憶が、俺には全く無い。
眼を開ける。いつもと同じベッドの上。
体のあちこちが痛い。身を起こすとスプリングが不穏な音を立てた。
「――目が覚めたか」
「・・リボーン・・」
俺を見下ろす黒い瞳。変わらない漆黒が今日は冷え冷えするほど冷たい。
「よかった・・探したんだよ」
「――何を見た?」
「・・何を、って・・」
言いかけた俺の首筋に彼の指が食い込む。
五本きちんと連なって、頚動脈を締め上げた。
「・・な・・に、する・・っ」
やめて、リボーン。
君は――約束を破った俺を、殺すの?
「結局どれも同じだ。最後は俺を諦める」
何を言っているの?
ねぇ君は、何故俺に何も教えてくれないの?
細い指が気管を圧迫する。俺に残された息はあと少し。
「や・・だ・・リボーン・・」
お願い、殺さないで。
「・・・俺・・君を・・置いて、いけない・・・」
指が離れたのはその時だ。リボーンは息の出来なかった俺を
抱き上げると、無理矢理キスをした。
麻痺した舌を引き出し、吸い上げて、唾液を飲み――
「く・・ふぅ・・ん・・っ・・」
ばたばたと両足を上げる俺をベッドに沈ませる。
あんなに殺気を放っていた彼の空気が今はむせる程に甘い。
ねぇ君は俺を、殺したいの?それとも――壊したいの?
俺の一部は、すでに下腹部に痛みを覚えるくらい――勃起していた。
「・・あっ・・あ・・ん・・!」
彼が入り込む度呼応するように声が漏れる。
何度繋いでも、最初受け入れた場所が疼くんだ。
「・・思い出さない・・か?」
リボーンは汗の浮かんだ俺の額を撫でると、腰を進めて
「やっ・・な・・何・・を・・あぁ!」
「誰を愛したのか、何を求めたのか」
「知らな・・いっ・・やぁん・・あ・・!」
彼は耳元で何事かを囁くと、俺の膝を持ち上げて
、腰と腰を限界まで密着させた――来る、と俺は思った。
「・・ああっ・・ン、・・リ、ボーン・・っ」
押し付けられた性器がぶるりと震えたときだった。
何かが一瞬、脳裏を掠めた。
――それは温かい記憶だった。
俺がこの世界を知る前の。
「・・・俺・・・?」
記憶の淵で笑う人物は、屈託のない微笑みを
浮かべる俺自身だった。
「気分はどう?」
男の声で眼を覚ます。聞き覚えがある。
森で組み敷いて俺を犯そうとした男。
「・・っ!」
飛び起きた身体を再びベッドに押し戻される。
俺はとっさに抵抗した――あの時、確かに死んだと思ったのに。
どうして彼は生きているんだろう?
「・・大丈夫だよ。君を助けに来たんだから」
「・・・」
肩に置かれた手の暖かさに半ば拍子抜けしながら
俺は、黒い眼の男の二言目を待った。
「人助けなんて柄じゃないけどね」
力の抜けた俺の隣に腰掛けると彼は「つい最近の、昔話をするよ」と俺に言った。
「まだ君の記憶じゃ追いついていないかもしれないけれど。
ほんの数年前かな――人間は絶滅の危機にあった」
二十七世紀のことなんだけどね、と彼は続けて。
「ま、子供が生まれなくなったから――なんだけど」
男は呆然とする俺を見下ろして
「・・知らなかった?」
「――・・・」
だってリボーンは。そんなこと、一言も。
「あの男は君に何も言わなかったんだ」
男は俺を見下ろして微笑む。どこか優美な眼差しで。
「人類は、血眼になって君を探してたんだよ」
「・・俺を?」
うん。男は頷いて、その紅い唇から衝撃を放つ。
「――要は、君は人間が作った唯一の種馬なんだ」
「たね・・馬?」
俺は彼が何を伝えたいのか分からない――
呆然とする俺の脳裏に、ドアが開く無機質な音が響く。
男は気づいているはずだ――彼が戻ってきたことを。
「何処かの誰かがね、箱舟に乗るはずだった大切なノアを
、真っ白な部屋に閉じ込めて、独り占めしていたんだよ
――そうだったよね、リボーン?」
「・・リボーン・・」
ドアに前に立つリボーンは実に淡々とした表情で
「・・さっさと退け」
雲雀、とリボーンは言った。黒い瞳の男の名前らしい。
鳥の名前だ、と俺は思ったけれど何も言わなかった
――言えなかったのだ、リボーンが戻ってからずっと、
雲雀さんの手は俺の、口を塞いでいた。
彼に聞きたいことが喉から溢れてきそうになる。
「――いいけど。人類が滅亡する前に返してよね?
君の、大切な彼」
――ねぇリボーン、人類って、種馬って・・。
未来で何があったの?
それは――俺が此処にいることと関係があるの?
リボーンは何も言わない。ただじっと俺と――
雲雀さんを見つめ続けている。
その目にどこか、潤むものがあるのは俺の見間違い?それとも。
「じゃあね、綱吉。また今度」
男は謎めいた微笑みを残し、部屋を出て行った。
白い空間には沈黙だけが流れ続けていた。
「・・リボーン・・俺は・・どうして」
君に出会ったの?・・皆まで言わなくても意図は伝わったらしい。
その日リボーンは昔話を聞かせてくれた。俺が生まれる前ずっと前の話だった。
突然変異――何の前触れもなく遺伝子の構造が変わる現象
それが――全ての始まりだったのだ。
「ナミモリだったかな・・日本の小さな街でその現象は始まった。
生まれた赤ん坊に大切なものが――備わっていなかったんだ。」
並盛。日本。聞きなれた言葉がゆっくりと脳裏を木霊し
思い出してはいけない何かを、呼び覚ましていく。
リボーンは小さく息を吐くと
「そいつらは人間の形をしながら、人間でなかった。
生殖能力が無かったからだ――人間はそれを、イブと呼んだ」
アダムの肋骨から出来た人間――以前聖書を読んだときリボーンが教えてくれた。
アダムは淋しかったから、イブを作ったんだって。
「イブ自体は生殖出来ない。けれど、どんどんイブは増え続ける。
人間はこの事態を危惧した。生まれた子供が全て
イブならいつか、人類の歴史が終結してしまうからな」
当時の政府が出したという結論は非常に明確なものだった。
「――そしてイブを絶滅させることにした」
「・・・」
リボーンはポケットから小さな手帳を取り出すと、
中からノートの切れ端を出して俺に見せてくれた。
複雑な化学式が端から端まで書き込まれているメモ
―何故か俺はその記号に見覚えがあった。
「――治療薬だ」
そう、とリボーンは言った。
「さすが作成者――だな」
「・・え?」
「増えゆくイブを抹消するために、その発生を限りなくゼロに
近づける治療薬――アンチ・イブを作ったのは、お前だよ」
「・・俺が?」
――人類を保護するために?
「お前は発見した治療薬を自分の中に隠した。
イブに見つかれば――お仕舞いだからな。
お前自身が人間にとっての、最終兵器だった」
「・・・」
どこか遠くを眺めるリボーンの眼差しは何を考えているのだろう
――彼の話が真実なら俺はいつか此処を出て、減りゆく人間を守るため――全く同じ形をしたヒトを。
――全て、殺すことになってしまうのだろうか。
偶然だった、と彼は言った。
「実験の反動で幼子に戻っていたお前を見つけたんだ――
イブに見つかればお前は殺されてしまう。
だからお前の存在を隠す必要があった――来るべき日までは」
俺が元の研究者の姿と記憶を取り戻すまで、と彼は言う。
「――それで今まで俺を・・育てていたの?」
「そうだ」
頷いたリボーンに、俺は「嘘だね」と言った。
君がさっきから泣き出しそうなのはきっと。
俺に本当のことを言いたくないだけなんだ。
「――リボーン、君は・・」
言い終えるより早く彼の、両手が俺の首を捕えた。
十本の指が絡まるだけで乱れる呼吸は――怯えより、喜びを感じていた。
彼の話に嘘があるなら。
俺はきっと、君を。
殺すために生まれた。
「――君は、イブだ」
「・・・」
黙っている、ということは図星だったらしい。
リボーンは眼を閉じると
「・・てめぇに見抜かれるんじゃ俺も終わりだな」と言った。
「・・ねぇ、リボーン」
俺の首に絡んだ君の手は今だ力が入らない。
「・・なんで俺を・・殺さなかったの?」
君達を絶滅させるものをどうして、生かしておくの?
「・・知るか」
アンチ・イブの秘密を知ったのは偶然だった、と彼は言う。
アタッシュケースの中の保育器に、生まれたばかりの俺を見つけたのも。
「・・ツナは天才だった――幼子の臍の緒に治療のヒントを見つけ出したんだ」
だからこそ、研究者自身が人柱となり、人間のために
薬の『保管庫』になった――とリボーンは言う。
「アンチ・イブは人間の体内にしか保管できない・・
さらにそれが発現するには個体が成体になるという条件が必要
――だから俺はお前を、教育する必要があった」
「イブを恨まないように?」
「・・そうだ・・」
彼が歴史に詳しいのは人類の過ちを俺に伝えたかったからなのかもしれない。
いずれにしても、と彼は言った。
「もう・・遅い」
「・・何故?」
雲雀はこの場所を知ってる、と彼は言った。
数少ない人間の一人である彼はまたいつか――俺を迎えに来るだろう。
生物学者、沢田綱吉の二十七番目の、クローンを。
「――全部、思い出したよ、リボーン」
沢田綱吉は、三十体の己の分身にそれぞれ、治療薬を
宿らせることに成功した――けれど生き残ったのは
イブに拾われた、たった一人だった。
「君も・・俺を探していたんだね?」
リボーンは頷く。沢田綱吉にはかつて、住居を共にするパートナーが居た。
その男は高名な歴史学者だったが、彼には誰にも言えない秘密があった
――男は永遠に行き続ける代わりに生殖能力を失った人類の進化型――イブだったのだ。
「・・ずっと思い出せなくてごめんね」
――治療薬でも、クローンでもなく。
沢田綱吉を探してたのは・・君だったんだね。
「・・リボーン?」
するりと彼の指が俺の首から抜けたのは何秒後だったのか。
リボーンは俺がかろうじて身についていたシャツを
ゆっくりと剥ぎ、その下の素肌を確かめるように愛撫した。
「ん・・っ、く・・あ・・リボ―ンっ・・!」
反射的に彼の首に両腕を絡ませる。生まれる前から
知っていた感触を思い出すたび、背筋が歓喜に震えた。
「・・や、だ・・吸わない・・で・・」
「――百年、待たせやがって」
「・・ゴメン・・っ、ああっ・・ん」
喉から、下腹部から溢れる何かが喉を、腹を濡らす。
体液はこんなに滑るものなのか――彼の唇を吸いながらそんなことをふと思う。
「ひゃあっ・・あ・・ん・・リボー・・ン」
ここに入れられたって。何も出来ない。生まれない。
「・・ん、あ・・駄目ぇ・・」
突き刺さる彼が熱く、深く俺を蹂躙する。
吐き出すばかりで何も、俺は宿さない。
けれどこうするしかもう、手立てがない。
出会っても何も生み出せないアダムとイブだとしても。
「やっ・・ぁ・・ン・・っ・・いく・・いっちゃ・・」
「――愛してる」
世界ひとつ救えない言葉が耳に木霊したとき、
俺は昇天したまま――意識を失ってしまった。
取り戻した意識。見慣れた窓の無い部屋。
白い天井と壁。冷たいコンクリート。
愛された体を巡る記憶。
イブを殺すためでなく――アダムをイブに近づけるためにこの道に進んだ。
君を置いて死ぬくらいなら俺は
世界なんてもう――どうでもよかった。
もうこの部屋からは出ない。シャツを身につけ彼を待ち望む。
日が昇れば帰ってくる男が俺をどんな言葉で罵倒しても。
愛してる、そばにいるよ、陳腐な言葉ばかり永遠に繰り返すのだろう。
俺を君の身体で染め上げて欲しいから。
もし世界から人間もイブも居なくなってしまったら
俺たちが、最初のアダムとイブになればいいんじゃないかな?
ねぇリボーン。
毎夜死に、毎朝「復活する」君とならお似合いだと思わない?
ねぇ、リボーン
この世界みたいに。
俺を君だけで
真っ白にして。