そんなに満足そうな笑みを見せられると無性に
やるせなくなります。
 後悔するのは俺、微笑むのは貴方。


 初めて、貴方の笑顔を見ました。




[ さいごの ]




 血の気の無い身体を揺さぶる。もう動かないと知りながら。
見よう見まねの人工呼吸は何の役にも立たず、ただ体液は溢れ。
覚えているのは頬にかかる、貴方の温かい血潮。
素肌に触れたことさえ、なかったのにね。


 新参者が警護に付くと聞いたとき、彼はよい顔をしなかった。
身元は確かだから大丈夫、と答えたが彼だけは無言で付いてきた。
ハイヤーを降りた瞬間、胸元に拳銃を付きつけられて俺は
騙された、と気づいた。それもボスの最期の一例に過ぎなかったが。
 銃声と、爆音。鉄の唸り声の後、何故か俺は生きていて――
代わりに彼が、倒れていた。


 俺は懐から銃を抜くと、即座に裏切りものの頸を刎ねた。
血潮がアスファルトに降りかかり、白い車体を緋色に染めた。
俺は彼に駆け寄った――既に死んでいた。






 抱きかかえて起こすと、彼はわらっていた。瞳を閉じて、安らかに。
この上なく、満足そうに。


――ランチア、さん・・


 繰り返し名前を呼ぶ。狂ったように。言い聞かせるように。
もうここにはいないのに、彼は今俺だけのものだ。この命を守って
くれたのは――他ならぬなの彼だから。


 ボンゴレに来ませんか、と尋ねた時も彼はよい顔をしなかった。
操られて裏切った前の家族をとても、大切に思っていたからだった。
それでいいんです――心まで属さなくても、と俺は説得した。
思いが届かなくてもそばに、いられればよかった。


「・・幸せ、でしたか?」


 いつも眉に皺を寄せて、誰とも馴れ合わず部屋の壁にもたれて
いた沈黙の男に俺は尋ねる。ここで歩んだ第二の人生に、悔いは
無かったか、と。
 答えない躯に俺は笑う。彼の穏やかな表情につられて。
四六時中そばにいたけれど、笑顔を見たのはこれが初めてだった。


 わらいながら、俺は後悔した。早く好きだと言えばよかった。
そうしたら笑顔だけじゃなくてきっと彼の驚く顔も見れたのに・・と
思う。もっと、彼をびっくりさせることだって出来たのにね。


――こんな風に。





 屈んで、血色のない唇に触れると、その冷たさに涙が零れた。
何の味もしなかったのに何故か、彼の頬が――緩んだ気がした。