[ さくらのした ]
膝の上で、至極満足そうな笑みを浮かべる人物は10年恐れた
風紀委員を総括する人物と同一なのだろうか?
――どうしても、そう・・思えない。
・・思えないのは、舞い落ちる桜吹雪の、下で。
あんなに怖くて、恐ろしくて、強くて、綺麗な貴方が
こんなに儚くなってしまったからだ、と思う。
「・・雲雀さん・・」
その名前を呼ぶのは久しぶりだった。イタリアに渡れば
もうその名を呼ぶことはないと思っていた。
「・・信じられないって顔、してるね・・」
そう薄く眼を開けた彼は、眩しそうに額に手を当てた。
人間の体の仕組みをよく知らなくても、彼から流れる緋の
量を見れば一目で、彼が天国に一番近いことは分かる・・
いや、天国ではなくて、三途の川の向こう、かな。
「・・どうして俺を、かばったんですか?」
春の花咲く日本に来たのはお忍びだった。
口うるさい右腕も寡黙なボディガードも連れてこなかった。
ただ薄紅の嵐の中で感傷に浸りたい日も俺にはあったのだ。
数時間だけ――懐かしい並盛の桜並木道の下で。
いつもじゃれあって登校した懐かしい日々を思い出したい
――それだけだったのに。
俺は自分を追う影に気づかなかった。半年前潰したマフィアの
残党が俺を狙って付いてきたことさえ気づかなかった。
――俺は本当に、何年たってもダメツナ、だ。
今すぐに死んでもおかしくなかった俺を庇ったのは
見覚えのある黒い影だった。もういちど、この地で会うとは
思わなかった。
屍の上にいると落ち着くよ、と答えた貴方に
殺されてもかまわないと思った、桜の下で。
「・・さぁね」
そう呟いた彼のまぶたは次の瞬間には降りていた。
答えも、ヒントもくれなかった。お礼も、詫びも言えず
――ただ、泣き崩れた瞬間・・ざあっと、風が吹いて
薄紅の破片が虚空を舞った。彼を送り出すのは血の海と
淡い花弁の浮かぶ空。
「・・こんなの、貴方らしくないですよ・・」
川の向こう側についたら抱きついて並べたい恨み節を
噛み締めながら、俺は冷たい身体を抱きしめた。
10年触れることさえ許されなかった――
狂い咲く桜のした、で。