君に愛されることは、恐くなかった。
[ しあわせ ]
眼を開けるとたいがい俺を見つめている蒼い瞳は
10年変わらない柔らかな微笑みをたたえていた。
「・・こっちへおいでよ?」
わざとシーツを手繰り寄せて名前を呼ぶと彼は
返事の代わりに頷いて、ベッドの下で跪くとそっと
俺の右腕を取り――その甲にキスを落とした。
温かい唇が手首をなぞり、肘を抜け、二の腕を駆け上がり
頸筋に移っては紅い印を点々と残す。彼は所有印をつけることが
好きなのだ。右腕、参謀、恋人・・どんな称号を授けたって彼は
安堵しない。今、目の前にいる俺に傷を――つけたくて仕方がない。
「くすぐったいよ・・獄寺君」
耳に唾液が流れ込んできて、俺は彼の身体になだれ込んだ。
こうなることを分かって呼んでも、前儀よりも軽く触れ合う
方がより愛に近い気がするのは何故だろう。触れるか触れないかの
境で真っ白なシャツ越しの体温を確かめ合う。彼の指が胸の突起を
まさぐると声にならない吐息が喉を抜けた。彼は・・いやらしい
いたずらをするのが好きだ。
そしてそれを一番に許したのは俺だった。
「ね・・このまま抱いて?」
剥き出しの、体温なんていらない。繋がりあう粘膜だけ
艶に濡れていればいい。痛いことも痛くないことも、君がくれる
鼓動はすべて、俺をかき乱す波であり、性欲に沈んだ俺を受け止める
海だった。
それは時に俺を落とし、辱め、形にはならない傷跡を残しながら
言葉にならない愛と永遠の忠誠を素肌の上で重ねあわせる。
――みだらで、神聖な睦言。
至高のボスと、許された部下の間の、密約。
俺のいうことなら何でも聞いてくれる彼の、跳ねた後ろの髪に指を
絡めながら、俺は何度も・・紡いではならない言葉を飲み込んで
代わりに性欲を吐き出した。
――好きなんてもう、素直に吐ける歳じゃないのにね・・
彼の名を呼んで仰け反ったままシーツに沈んだら
俺を攻め立てた忠義の塊のような男の荒い息が、部屋に
充満した。足りないなんて、ごねたらこの人はまた・・
俺を全部、満たそうと頑張ってくれるのかな?
そう思ったらふいに悲しくなって俺は、中に全部出した
ことを申し訳なく思っている蒼い眼を閉じるようにゆっくりと
撫でた。
「・・よく頑張ったね」
ご褒美を与えると、その機嫌が跳ね上がるようによくなる。
こんなに操縦しやすい自分の腕なんて、無いよ。
おやすみ、と言ってそのまま抱きしめると彼の気配がちょっと
困ったように曇った。・・ああ、汗も出したものも全部そのままだし
繋がりっぱなしだから、だよね?
動かなくていいし、痛くしなくてもいいから。朝が来るまで俺の
一番近くにいて?
君を愛する方法がたったこれだけなのだとしたら、こんな陳腐な
営みなんて無いと思うけれど、繋がっていないと俺はもう・・
愛なんて名前をつけなくてもいいから、どうか形を無くした
思いをその熱でここに縛り付けて。どこにも行けないように
閉じ込めて。いっそ君の中に、埋めて仕舞いこんで。
君に愛されることは、こわくなかった。
君に愛されることは・・しあわせだったよ。