午後11時に最後のお客を送り出し、明日の仕込みを
済ませると山本は重たい頭を引きずりながら二階へ上った。
指先に力が入らない。寿司を握りながらずっと上にいる
ツナのことを考えていた。いつまで居るつもりかも、理由も
分からない。この10年海の向こうでどんな暮らしをしてきたの
かさえしらない。
 押入れから予備の布団を出すと、山本はそれを肩にかけたまま
部屋のドアを開けた。ツナは部屋の真ん中にちょこんと正座して
おり、彼が戻ると笑顔を浮かべた。
「・・おかえりなさい」
 まさか、自分が戻るまでずっと座っていたのではないだろうが
そのあまりの隙の無い態度に山本は少々面食らった。礼儀正しいところは
10年経っても変わりが無い。


 山本は敷き布団とかけ布団を下ろすと、「これで寝ていいから」と
言った。
「ありがとう。・・山本は?」
「俺は下でいいよ」
 ツナは驚いて続けた。
「下ってお店じゃない」
「座敷にでも横になるさ」
 早くこの部屋を出て、シャワーを浴びて寝たほうがいいと彼は思った。
焦っているのは、ここにいると何かが掻きたてられるからだった。
先程から胸の奥で渦巻く黒々としたもの。これを10年前のどこかで
感じたことがある。そうあれは――


「一緒に寝ようよ、山本」


 鶴の一声だった。山本は下ろした布団の横にすとんと腰を下ろした。
ツナは畳んであった布団と、客人用の布団と真横に敷いてその真ん中に
座った。
「修学旅行みたいだね」
 彼はふふっ、と笑ったが山本は曖昧に返事をした。汗をかき過ぎたのか
いやに喉が渇く。
「ちょっと水飲んでくる」
 山本は立ち上がると、階段を下った。あまりにもするりと自分の
生活に入り込む彼が、本当にツナなのか分からなくなった。
 いやあれは間違いなく、ツナなのだ。自分の知らないツナと
面影を残したツナ。それを足して二で割った彼なのだ――と
山本は言い聞かせた。旧友が転がり込んできたことに対して
動揺している自分が意外だった。いつでも遊びに来いよ、と
軽口を叩けたあの時は何だったのだろう。


 それからツナが昼の寿司以外何も食べていないことに気づいて
山本は握り飯を二つつくった。受け取ったカードはレジの奥に
押し込んだ。使う気すらなかった。


 遠慮するツナを先に風呂に入らせ、二人が床についたときには
12時を過ぎていた。案の定山本は眠れない。その理由が自分でも
痛いくらい良く分かった。
――外行って頭、冷やすか・・
 山本が身体を起こすと、眠れなかったらしいツナが
「ねぇ・・そっちにいってもいい?」
 と言った。甘えた、冷たい声だった。静寂に二人の間で何かが
行きかった。片方は動揺したが、片方はこころに決めていた。


 ツナは布団から抜け出すと、山本の懐に潜り込んだ。
「・・こっちの方が、あったかいね」 
 寝巻き越しでも風呂上りの上昇した体温が伝わり、山本の心臓は
高鳴った。自分にぴったりとくっ付いたツナは、襟元に額を当てて
眼を閉じている。寝られるはずがない。
「――・・ツナ」
 山本は何か言いかけたが、しばらく躊躇してからツナの腰に手を
回した。どこかでそうなる予感がしていたものが、実現しただけだった。
 ツナは眼を開けると、嬉しそうに眼を細めて山本の唇を己のそれで
なぞった。キスより甘く、扇情的だった。
 もっと深く味わいたくて舌を入れると、ツナは山本の頭をかかえて
口付けに応えた。回した腕すら男に慣れていた。
 唇が離れるとツナは「ごめんね」と言った。


「お礼させて・・――お願い」


 俺には、こうすることしか出来ないから――という彼の
上着の隙間から、山本はじかにツナの肌に触れた。出会って
10年初めて触れた肌だった。浮き上がった鎖骨をなぞると
くすぐったそうにツナは身をよじらせた。風呂上りのみずみずしい
素肌を山本はところどころ齧ったり噛んだりした。水あめを舐めている
気持ちだった。
「――ん・・山本。もう・・いいよ」
 鼻につく言葉に、山本の下腹部が熱くなった。山本はツナを布団に
寝かせると、ゆっくりとパジャマのボタンを外して胸と腹をあらわにした。
 自分と同じ男の象徴が服の上からでも勃起しているのが分かる。
 触って、といわれて山本はツナのズボンと下着をずり下ろした。
小さな性器が勢いづいて先端からぬめりを光らせている。男のそれを
まじまじと見つめている山本は、意外なほど冷静だった。普段は用を
足すときしか見ないそれを、山本は両手で包むようにしてゆっくりと
舐めた。苦い。女のような味はしない。けれど――それはツナの味だった。
ねっとりと舌を這わせて、山本はツナを味わった。先端から漏れる汁を
吸い、竿をなぞって追い上げる。追い詰める。いっちゃいそう、とツナが
悲鳴を上げるので山本は、彼を解放した。くびれたところを持って上下に
扱いてやると、ツナは下腹部を引きつらせて射精した。男のそれが肩に
かかって、山本は自分でも驚くくらい興奮していた。下腹部が。ツナを
味わうニューロンが集合する脳髄は、彼の足を開いてからずっと冷えていた。
 もうひとりの自分が冷静に、この一連の出来事を見つめている。生身の
自分はツナのザーメンを飲んでいる。この乖離は何だ。過去と現在の
落差なのか。

――俺は何をしているんだ。


 答えは出ない。下腹部は苦しい。山本はいろいろなものを諦めた。
衝動に抵抗することも、浮かんでは消える問いの答えを求めることも。
今ツナは自分の腕の下にいる。挿入を待っている。自分もそうしたい。
それだけだ。
 考えることをやめると頭の中はすっかり空洞になった。熱に浮かされた
ように山本はさっきよりももっと激しく執拗にツナを貪った。
 少し遠くで何度も名前を呼ぶツナの、解けきった嬌声を聞きながら。