記憶を閉じて山本は板張りの天井を眺めた。いつの間にか夜が
開けていた。精液が乾いて肌にまとわりつく。シャワーを浴びよう、と
思って彼は立ち上がり絶句した。同じ布団に居たはずのツナがいない。
山本は散らばったスウェットを着込むと急いで階段を下りた。あんな
抱いたはずの男が朝忽然と消えてしまうなんて――今までのことは悪い
夢だったのか?
「あ、おはよう・・山本」
厨房で皿を洗うツナの姿に山本は階段を踏み外しそうになった。
「・・シャツとズボン、借りたから」
袖を捲くった上衣を見せると、ツナは得意げに微笑んだ。
「俺――こう見えても料理、上手いんだよ」
向こうに日本料理専門のコックがいてね――と彼は続ける。
その場所にいることがあたかも自然であるように。
「・・何、してる?」
山本はようやく口を開けた。喉が渇いて舌が口腔に張り付いてしまい
そうだった。
「何って・・手伝い」
ツナはタオルで手を拭きながら答える。昨日食べ散らかした食器は
綺麗に磨かれていた。
「俺に出来ることはこれくらいしかないから・・」
睫を伏せてツナは言った。山本は生唾を飲み込んだ。追い払うつもりも
引き渡すつもりもない。彼が出て行きたいと言えばそれで、いい。
それに対する見返りなど要求するつもりもなかったが。
「――好きなだけ、いればいい」
彼の言葉にツナは表情を輝かせた。10年前無事卒業できたときの
笑顔と同じ輝きだった。山本にはそう見えたが、ツナの思いは違う。
ツナは彼に駆け寄って抱きついた。
「・・ねぇ、今日はお店お休みなんでしょう?」
悪魔の囁きのような声だった。甘くて低く柔らかい。今腕の中に
あるシャツ越しの肌のような。
山本はツナにキスをした。唇を重ねたら、するりと舌が入り込んだ。
交わらせる、唾液を飲む。互いの粘液を交換する。どちらがどちらか
分からなくなるくらい舐めあって、唇を離す。薄茶の視線は極上の
微笑を浮かべていた。
ツナの身体を抱き上げると、山本は階段を上った。朝まで交わった布団で
もう一度彼を抱いた。立ち上がった乳首に歯を立てたら、噛んで・・とツナが
言った。命令に近い響きだった。彼はツナのあちこちに傷をつけた。頬、耳たぶ
うなじ、鎖骨、胸元、腹の窪み、大腿の内側、かかとの裏。体中のどこかしこも
彼は自分のものだった。それは自分を許し抱かせる極上の、官能。理性も欲情に
名を変えるような禁断の世界。自分を壊して再び組み上げていくすべて。
世界を抱いた、はずだった。
***
――いつでも来いって言ったのは・・俺じゃないか。
ぼんやりとツナの肩を抱きながら山本は考えた。そう己が発言の播いた
種だった。後悔はしていない。が、これからどうなるか分からない。
結局夕暮れまでツナを抱いて、二人でご飯を炊いて食べた。生活の
端から端までツナで出来たような一日。悪くないと思うだけでも十分
溺れている。
ふと自分の隣で眠るツナの横顔を見ると、今までさんざん自分の一物をほうばって
出したものも懸命に飲んでいた男の頬が濡れていた。
彼は眠りながら泣いていた。