それからツナは頻繁に山本の店を手伝うようになった。カウンターに山本が
立ち寿司を握る。奥の厨房でツナが食器を洗う。突然現れた紅顔の美青年に
興味を示す女性客もいたが、二代目板長は「親戚ですよ」と軽くぼかしていた。
一仕事したら、休憩がてら昼寝、日が落ちればサラリーマンを相手に酌の世話。
日付が変わってからシャワーを浴びて朝までたっぷり愛し合う。それが二人の
日課になった。どんなに強く抱いてもツナは、朝起きれば山本より早く布団を
出て厨房で皿を洗っていた。夜の営みのときよりはすっきりとしたその横顔に
さすがの山本もタフだな、と思った。
一緒にカウンターに立たないか、と彼に尋ねたことがある。ツナは首を振った。
理由を聞かれて彼は「ここは山本の世界だから」と答えた。
「このカウンターの真ん中ってね、全部のお客さんを見渡せるでしょう。
座敷もテーブルも、向かい側も・・だからここは山本の場所なんだよ」
ツナは両手を広げて言った。確かに、己の定位置はカウンターの中央だった。
無意識に選んだ場所だった。厨房の入り口とレジの真ん中、店のすべてを見渡せる
場所。確かにここは先代から譲り受けた世界だった。父親がこの世で一番大切に
していたものだった。
***
「ここでしたい」とある日ツナは言い出した。カウンターの向こう側。店の
ちょうど中央だったか。タイル敷きの床に、木材を四角に組んだ椅子を置いて。山本は
そのぐらつく椅子の上に腰掛けた。ツナはその前にひざまずくと、彼のズボンのチャックを
するすると下ろした。お、おい・・と言うまもなく現れた肉の塊を口にする。
長い棒を舐めるように。舌の上で遊ぶように転がして、両手で握ってすり上げたら
それは固くなり赤みが増し怒張してきた。先端からうっすら汁が滲んでいる。ツナは
女の乳房を吸うようにそれを吸った。びくん、と先端がはじけたときも、チューブから
湧き出る水を飲むようにそれを飲み干した。ツナ、と山本は呼んだが彼は答えない。
唇を性器から離すと、額に汗を浮かべた彼の上に跨った。大きく開いた足の間に覗く
赤く弱弱しい性器。自分の一物とはこんなに大きさも形も違うのに、何もかもかなぐり
すててしゃぶりつきたくなるのは何故だろう。山本は生唾を飲み込んだ。ツナの大腿の
奥が、自分を受け入れる。たったものを自分に突き刺すのだから相当に痛いはずだ。
ツナは先端を飲み込むと眉の間にしわを寄せた。苦痛に歪んだ顔貌さえ官能的だった。
「あ・・」小さな声が喉から抜ける。山本はツナの大腿を広げた。ゆっくり、ゆっくり差し込んでいく。
その度ツナは声をあげる。掠れた、いい声だ。
「・・ねぇ・・やまも・・と」
懇願する声はうわ言のようだった。意識はすべてただ一点に向いている。
まだ半分ほどしか入らないのに、この身体を揺り動かしたくて仕方がない。
・・めちゃくちゃにして――お願い。
小さな息は夢幻だったか。火がついたように山本はツナを押し上げた。
下肢が裂けそうなくらいそこを広げて、己の衝動をぶつけた。
下から入れられると思いのほかいいところに当たるのだろう。
ツナは立て続けに射精して山本の腹の上で果てた。
断続的に抜き差しを繰り返した山本自身も何度かツナの中に吐き出していた。
欲の名残がぽつぽつと零れて抹茶色のタイルに滴った。
「汚れちゃった・・ね」
終わりを告げた声だけはまぎれもない現実だった。
***
綺麗に掃除をしたが、山本はツナとみだらなことをした店の真ん中が気になって
仕方がなかった。自分と彼がいやらしいことをした今その場所でお客さんが自分の
握ったものを――食べている。山本は吐き気がした。何かが、とてつもないこと
やってはいけないことをしてしまったのだと、思った。ここは親父の愛した神聖な
場所――それをツナと二人で犯した、汚してしまったのだと、思った。店が終わると
山本は床という床を綺麗に磨いた。その様子を階段から眺めていたツナは、何も言わず
二階に戻った。掃除が終われば抱かれるだろう、と思った。予想した通りになった。
***
厨房でツナを抱いたこともあった。銀色の業務用の冷蔵庫に彼を押し付けて
山本は荒々しくツナの唇を貪った。指で解する時間もなく、下から挿入した。大腿を
持ち上げて腰を打ち上げると、ツナは彼の首に腕を回して泣いた。余裕の無い声が
妙に嬉しかった。彼を征服している気分になった。俺も相当狂ってる――山本は
そう思ったが締め上げる彼の肌の中が、涙の混じる崩れた声が相当腰に来て
慌てて彼を突き上げた。先にいったってかまわない。ただ――
ただ、忘れさせてくれれば、いい(何を?)
思い出さなければ、いい(誰を?)
山本に答えは出ない。現実は待っている。今ツナを抱いている。でも――自分が
抱きたいのはこんな、こんなツナじゃないんだ(でも今ここにしかツナはいない)
そう本当にあの時――あの場所で自分のものにしたかったのは。
『・・山本も、元気で。頑張ってね』
肩を叩いて別れた旧友の瞳から、一筋零れた涙だった。