[ 消毒 ]
右腕に嫌な予感とちくりと痛みが走って、思わずぱん、と
空中を叩くと、手のひらの中で真っ赤な染みと黒い残骸が
潰れていた。
たらふく血を吸った後だったのか、いわゆる二の腕の内側は
紅く円形上に腫れていて・・すでにむず痒さと痛みがじんじんと
響いていた。
まいったな、と持っていた箒を肩にかけ
――保健室いったら何かもらえるかなぁ
と、どんどん痒くなる右腕を挙げたり下げたりしてたら・・
「――何してるの?」
刺すような声が振ってきて、見上げると――目の前に彼が
いた。季節が変わってもあいかわらず学ランを着ている風紀
委員長は、腕組をして色の無い目に冷ややかな視線を乗せていた。
「あ・・えっと・・その――」
宿題を忘れて、中庭の掃き掃除を命じられているなんて言ったら
問答無用で這ったおされそうな気がして、思わず後ずさりすると・・
つかつかと近づいてきた彼は、いきなり俺の右手首を掴んだ。
「・・痛っ・・!」
さっきとは違う痛みが身体を駆け抜けて、両目を固く瞑ると
しばらくして、ふっと腕が解放された。
「・・消毒したから治るよ、それ」
真っ暗な中で聞いた彼の言葉が意外な程優しくて
恐る恐る目を開けると、ぷくりと腫れた右腕の真ん中に
綺麗な歯型がついていた。
痛みのあまり・・掻きむしるような痒みはなくなったけれど
――これも、風紀委員の仕事なの・・かな?
右腕と、彼を交互に見上げてひとまずお礼を言うと
彼は「それからここの掃除はしなくていいから」と
表情を変えずに言った。
それから、五分後どこからともなく現れた学ランの
とても中学生には見えないひと達が、群がるように中庭を
掃除し始めて――ちらほらと木の葉が舞い降りていたそこは
十分と経たない間に、ぴかぴかになってしまった。
彼らがどういう魔法を使ったのか、後にも先にも
分からない。
ただ一つ言えることは、彼の付けた歯型がそれから
二週間くっきりと残ってしまって、洗ってもこすっても
一向に薄まらなかったことだった。