[ とどかない ]
何の返信もなくなった皮張りの手帳を閉じると
ため息と同時にこの部屋の主が戻ってきた。
「・・おかえり、ツナ兄」
ボンゴレ10代目をそう呼ぶことを許されているのは
僕だけだ。ただし、二人きりで執務室に居るという
限定された条件でなら。
「フゥ太!・・戻ってたの?」
会議室から戻ったらしい彼は、少し寝癖のついた髪を
ふわふわと揺らしながら、絨毯の上を駆けてきた。
目の下が少し黒くなっているから昨日はきっと
徹夜だったのだろう。
「頼まれてた資料、入手したから届けようと思って」
「ほんと?ありがとう・・」
フゥ太はいつも仕事が早いから助かる、と微笑みながら
薄茶色の封筒をツナ兄は受け取った。昔馴染みに聞けば
最近のマフィアの武器の輸入状況とその在庫なんて
手に取るように分かる。そう、ツナ兄が一番欲しいのは
――こんな紙切れじゃなくて。星のお告げが知らせる宝石の
ように貴重な秘密だったことを、僕はこの部屋に住み着くように
なってから知った。
だから、何の声も届かなくなってしまった僕なんてお払い箱
なんだとずっと、思っていた。
「・・でも、よかった。これでリボーンに怒られなくて済む」
天を仰ぐように見上げたツナ兄の右手をそっと引くと
幾分貧血気味だったらしい彼の身体は簡単に傾いて、ソファーに
倒れこんだ。
驚いて見開いた茶色の視野に、散らばる紙の束が映る。
――ねぇ、僕がツナ兄に教えてあげたいことは・・こんな
誰の手にでも届くただの情報じゃなくて、ね?
僕にしか届かない声を、誰も知らないみんなの秘密を
ツナ兄だけに・・こっそり全部教えてあげたかったのに、な。
そうしたら――
『10年後もこうして、僕をそばに置いてくれた・・?』
問うような眼差しを向ける瞳に孕む熱に気づいた瞬間、
ツナ兄は圧し掛かった僕の背中をそっと誘うように引き寄せた。
何か言いかけた朱の唇を啄ばんだら胸の奥の願いさえ
欲情にかき消されてしまった。
こんなことをするために、彼のそばにいることを
望んだわけじゃないのに、こんなことしか出来ない自分が
泣きたいくらい、悔しかった。