どんなに手を伸ばしてもつかめないもの。
[ 残月 ]
山本はかじかんだ両手を白い息で暖めると、ちらりと
自分の左隣を歩くツナを見やった。茶色い髪は寝癖なのか
あいかわらず逆立っていて、風に揺れたそれが頬に触れると
何だかくすぐったくて心地よかった。
「お前さー進路どうするの?」
山本は努めて冷静に、まるで何でもないように
問いかけた。推薦で出願した大学に、今日合格の通知を
もらった彼は、親友でもあり恋人でもあったツナとささやかな
祝杯を挙げたばかりだった。
同じ高校で最後の冬を迎えても、ツナは進学も、就職もしなかった。
そのことについて正面から問いたい気もちはあっても、部活にあけくれたため
勉強がさっぱりだった山本はまず自分の進路のため必死に勉学に励んだ。
焦りもせず、特に勉強もせず日々を淡々と過ごすツナを見ながら、彼は
別の焦燥感に駆られていた。
今あたりまえのように隣にいる存在は、いつかまるで夢のように
自分の前から消え去ってしまいそうだった。
「うん、ちょっとね」
ツナは眼を細めてうつむいた。笑っているのか、泣いているのか
確かめることさえ恐くて彼は口をつぐんだ。
聞いてしまえば自分たちの関係はまるで硝子細工のように
壊れてしまう気がした。
中学時代散々ツナにつき待っていた男があっさりと身を引いて
ちんちくりんな家庭教師がいなくなってから、ツナは笑っていても
そこに笑顔がなかった。
最初から、ツナを繋ぎ止める方法などなかったのだろうか。
それとも何度も触れた華奢な手を握り締め、行くなと言えば
ツナは決意を違えてくれただろうか。
山本は息を吐いて、二人を照らす下弦の月を眺めた。その輪郭が
わずかばかり霞み、彼は今泣いているのだと気づく。
何も聞かない俺が、何も言わないツナを責める資格はない。
連れて行けないなんていわれたら、俺は壊れてしまう。
自分の真横にある、揃いの手袋をはめた細い右手を
握り締めることは出来なかった・・どうしても。
あれから三年、お前はずっと俺のそばにいてくれた。
それがまるで――贖罪のように。
どんなに手を伸ばしても掴めなかったのは、心でも身体でもない。
それは――月明かりが照らす、雪の名残のような、俺たちの絆。
春が来れば必ず・・解けてしまうもの。
<終わり>