[ 恋愛、中毒 ]



「ドクターのこと、忘れる薬はないのかな?」


 皺の深くなったシーツで一回り寝返って、例の坊主が
おかしなことを言い出した。
「・・俺は魔法使いじゃねーぞ」
 学校に行ってちゃんと免許は取ってるが、基本は闇医者。
銃創と毒薬の解毒には滅法強い。常時200種類以上の彼女(蚊)を
従わせてる俺だって、どうにもできない病がある。


――恋の病、というやつだ。


「・・そんなもん手に入れてどうするんだ?」


 せっかくなので聞いてやると、一仕事終えた素肌がほうと
欠伸をした。いい加減に服を着ろといいたいが、よい眺めなので
黙っておく。


「だってさ・・淋しいんだもん」


 への字に曲げた唇は真剣だった。・・あのな、俺だってなけなしの
仕事(往診)があるんだ、お前の我儘をずっと診てやるわけにも
いけないんだぞ?あきれて着込んだ白衣の襟を整えたら、ふいと
少年の背中が丸くなった。都合が悪くなるとすぐ居眠りだ・・いったい
どこでどうやって、そんな小悪魔みたいな所業を身につけてきたのか。


「それで――なんだ?俺のことでも忘れてせいせいしたいのか?」


「・・ドクターに飲ませてやるの、俺のこと全部忘れちゃえばいいんだ。
そしたら、もうこの部屋には来ないでしょ?」


 ・・どこからそういう話になった?いまいち脈絡のない話を聞くのは
仕事柄慣れていても・・こいつの愚痴は10年経ってもとんちんかんだ。


「それだと、余計淋しいんじゃねぇのか?」


 淋しいなら全部忘れてしまえばいい、というのは子供の発想だ。
大人はそれを紛らわす術を五万と知ってる・・まぁお前には何一つ
教えてやらないけれども。


「・・俺はいいもん、思い出すから」


「・・は?」


「ドクターが来たら、全部思い出すから・・いいの!」


 ・・お前なぁ。


 無茶苦茶な願い事を聞きながら、そっと小さな背中を抱き寄せたら
にらみ付けた薄茶の瞳にふたつ、光るものがあった。


「・・素直に、行かないで、って言えよ?」


 囁いて髪を梳いたら、いやいやと力なく腕の中の頭が揺れた。
本当に強情で、ばか正直で、嘘がつけない男だ。百戦錬磨の俺だって
こう扱い辛くて、安い麻薬みたいに中毒になったのは初めてだ。


――もう一度抱いたら、ちったぁ素直になるかな・・


 紅い印のついた素肌を撫でたら、小さなへそが誘うようにしぼんで
滑らかな背筋が扇情的に仰け反った。一度着かけた白衣を脱ぎながら俺は
すでに奴の手中に落ちたことを感じていたが――それには分厚い蓋をして
艶めいた唇を、貪って唾液で犯した。


・・白旗なんて、一生上げねーからな?


 受け入れた先から零れる愛を眺めながら、腰を浮かして落として。
悲鳴を上げた細い喉に口付けたら、ふいに俺を見つめるふたつの眼と目が
あった。
 救いを求めるような汚れの無い瞳に、心臓を射抜かれたのは・・
男を抱く味を知ってから初めてのことだった。