[ 涙 ]
犬の話によれば、最近兎の元気が無いという。
「ぼーっと窓の外眺めてることが多いっすね」
ほう、と骸は頷いた。此処へ来て幾日経ったのか
数えてはいないが、ボンゴレは寂しいのかもしれない。
毎日それなりに食べて、遊んで、最近は一緒の城の周りを
散歩するようになったものの、その笑顔がときどきふっと
曇ることに飼い主も、気づいていた。
いつ殺すのか、ボンゴレはどうするのかと部下は聞かなかった。
命令には忠実だが、他人には興味がない。三人で過ごすことに
なれてしまったのもあるし、近くで見ていると子飼いのボンゴレは
なかなか愛らしいので、二人も何も言わなかった。
骸は最上階の部屋のドアをノックした。開くと正面のベッドに彼は
腰掛けていた。両目が赤い。兎のようだった。泣いていたのかもしれない。
「・・帰りたいですか?」
骸は椅子を引いて、ツナの向かいに座った。ツナは一度彼を見て
弱弱しく首を振った。
「ボンゴレの残党は撤退したようですよ」
その時初めて骸は真実を言った。驚いたツナは何かを言いかけたが
声を発するのを躊躇した。悲しい横顔だった。
「いつか、君を取り返しにくるかもしれませんね」
ツナはきゅ、と骸のシャツの端を掴んだ。ここにいたいという意思表示か
戦わないで、という牽制か。細い右腕が震えている。
骸はツナの右手を取ると手首を掴んだまま、その肩を押した。
小さな体がベッドに沈む。人質を見下ろして骸は微笑んだ。見上げる
茶色の瞳に何かが湧き上がる――それが恐怖か、悲壮かは分からない。
彼はツナの首筋に手をかけた。びくっ、と体が強張りツナは骸を
見つめた。温かい手のひらだった。
「――こうやって何度も、君を殺そうとしたのですよ」
張り裂けそうな声だった。
「でも――どうしても殺せなかった。何故でしょうね・・」
指先に力を入れるだけでいい、そうすればすべて決着がつく。
街全体を巻き込んだ争いも、マフィアを乗っ取る計画も。
いつかこの子供は火種になるだろう。腕の中で生きている限り。
「・・貴方のそばに、いさせてください・・」
兎の願いに、骸は顎の下から手を離した。涙が溢れてシーツに
滲んでいく。兎の眼は涙に溶けて、流れてしまいそうだった。
これも――洗脳の一部なのか?骸は自問自答した。いや、被催眠状態
にはなったが、何も言霊を残していない。従えとも、残れとも。
生かして操縦するつもりもなかったのだ――これが催眠とは思えない。
ならば。
胸に湧いた結論に、骸は微笑んだ。時々はシナリオにないハプニングも
起こる。思い通りにならないものがあった方が、人生は楽しい。
「じゃあ人質なんてやめて――僕の恋人になりませんか・・?」
返事は無かったが、骸は何度も茶色の瞳から零れる雫を飲み込んだ。
哀しみと希望と絶望が混じってそれは、甘い海の味がした。