WEDDING INPACT
「ねぇ・・千種はどう思います?」
うきうきした様子の主人に尋ねられて千種は困惑した。
答えることさえ億劫だ。そして答えたところで
この主人の突き進む性格は変わらない。おそらく一生。
「定番は清楚なピンクだと思うのですが、青も捨てがたいのですよね」
彼は色が白いから何でも似合いますしね、クフフ、と微笑んで
骸はハンガーにドレスをかける。
新郎の格好をした男が、披露宴で新婦が着る衣装を夢見心地で
選んでいるという異様な光景だった。
千種は面倒くさかったが、ため息だけは落とすことにした。
肝心のボンゴレは知っているだろうか、いや・・間違いなく
何一つ聞かされていないだろう。
そしてその彼を今日招き、今まさに挙式を上げようとしている
ほぼ正気でない男が目の前に存在する。紛れも無い自分の主人だ。
彼はツナに一目惚れしてから、その向かいに住むといい
土地を買収、真向かいに億ションを建設した。
それまではよかったが、日当たりが悪くなったと地域住民から
猛反発をくらい撤退を余儀なくされた。
「・・僕も、彼の洗濯物が乾かないと困りますからね」
骸は頬を染めて頷いた。まったく言動の把握できない
(理解したいともできるとも思わないが)彼の主人は
治しようのない病に犯されていた。恋である。
それも百年に一度と豪語するものだった
森の出会いが運命だったと毎回初対面から歴史を話すものの
どう考えてもボンゴレのほうから逃げていったと思う。
――めんどい。
ピンクと青のドレスを交互に眺める主人を見ながら
千種はつまるところそう思った。
返事をするのも面倒くさいので聞いているだけで
彼を応援するつもりも見守るつもりも、全くない。
古今東西いうではないか、ひとの恋路を邪魔するものは
馬に蹴られて死ぬ、と。
そのときタイミングよくチャイムが鳴った。
出迎えた千種は困惑した彼の表情を見るなりやはり、と思った。
結婚式を本人に無断で挙げるのは、いくらなんでも無理な話だ。
「あ、おはようございます、千種さん」
千種が頷くとツナは玄関に大きな包みを持ち込んだ。
中から出てきたのは等身大の真っ白な箱だった。
「こんなものが届いていたのですが・・」
開けると胸元にレースをあしらったウエディングドレスが
現れ・・千種はその場でめまいを起こした。新郎は、新婦に
直接衣装を送りつけたらしい。
日曜の朝こんなものが届いたら、誰だって驚くだろう。
備えてあるカードには「あなたの骸より」と手書きで記されている。
よく、ストーカー規制法に引っかからなかったなと思う。
「たぶん・・間違いですよね」
正真正銘本気ですとは言えず、千種が無言になると
真っ白なスーツに身を包んだ骸が上機嫌で駆けつけてきた。
「あ、よかったです。間に合いましたか」
「・・はい?」
彼は笑顔いっぱい、幸せいっぱいである。
「今から着替えれば間に合いますね」
ツナはきょとんとしている。千種は完全にめまいがして
よろよろと壁にもたれた。何をどうフォローしたらいいのかも分からない。
そしてそれは、非常に面倒くさい。
「・・式場はもうとってありますので」
「あ、あの骸さん・・俺男ですし」
「知ってます」
「それに・・未成年なんで」
「僕もです」
「・・結婚なんてまだ」
ツナの声に骸は申し訳なさそうな顔がした。
咲きかけた花が一気に閉じたようだった。
「すいません、先走り過ぎましたね」
すごすごと彼は撤退した。燃え上がるのも早いが、冷めるのは音速に近い。
「入籍が先ですよね、手順はちゃんと踏まないと」
何を勘違いしたのか、骸はタウンページをめくり始めた。
最寄りの市役所を探している――ああいけない、と彼は思った。
今日は日曜日じゃないか、入籍は明日だな。
「それから・・新居もいりますしね」
ついでに二人の住む愛の巣もいるだろう、子供も二三ほしいな、と
彼はぱらぱらと不動産情報を眺めた。
郊外に団地ごと買い取って二人で住めばいいと彼は決めた。
隣には千種と犬を。楽しい生活になりそうだ。
「あ、あの・・骸さん・・」
うっとりしたり、考え込んだりで今日の彼はいつにもまして
挙動不審である。ウエディングドレスを抱えたツナは心配に
なったが、彼は笑顔で「ではまた日を改めてお迎えにいきますね」と
答えただけだった。
「骸さん・・どうしてしまったのでしょうか・・」
帰りのタクシーの中でツナは隣に座る千種に訪ねた。
ドレスもカードも意味をなさず、彼はひとりで夢見ごこちだ。
何かとても楽しいことが控えているのだろう、とツナは推測した。
千種は視線を伏せた。面倒くさい以外の理由で、わけを
話したくないのは初めてだった。
彼が主人のことを心配するたび、胸の奥がざわざわする。
「・・骸さん、結婚するの・・かな」
ツナの声に千種はふっと横を見た。俯いた彼は悲しそうである。
心臓が痛いが真実を離すのは苦しい、これまで感じたことの無い思いだった。
「・・ちょっと寂しいけど、骸さんが幸せなら・・いいです」
肩を上げて息を吐くと、ツナは眼を閉じた。
そのまなじりに光るものがある。
「――違う」
千種はかろうじてそう答えた。理由を離す気にはならない。
隣の少年はぱっと目を開けると、「違うんですか?」と頬を赤らめた。
もしかしたら二人は両思いなのかもしれない、と彼は思った。
限りなく遠い、何億光年をまたぐ両思いだけれど。
そう、と千種は頷いた。恋に侵された主人も相当手が
つけられなかったが、彼の笑顔のためならどんな嘘でも
ついてしまいそうな自分も意外なほどブレーキが利かない気がした。
それから新居の鍵と一緒に婚姻届が送られてきて
クエスチョンマークを表情に浮かべたツナが再び
骸の住処を訪ねるのは、次の日の午後のこと。
やはり事情の飲む込めないツナに付き添いながら千種は
いっそこのまま三人で生活してしまったほうが
よいのではないかとこっそり思った。