雲ひとつない青空の下、フルスイングしたバットから澄んだ音が響いた。
見上げれば打球は空に飲まれていて、その行方を見失しなってしまう。
途方にくれてツナは呟いた。

「またホームラン・・かな?」

  よしんばファールフライとしても、自分には捕球できるはずもない。
先刻も大きく伸びた打球を追いかけて転び、大笑いされたばかりだ。
  血相をかえて走ってきた獄寺以外は、自分を「何をやらせても駄目な
ダメツナ」と茶化す。そして反論もできない自分がいる。
  あまりの自分の情けなさに、ツナはため息を零した。

「ほんとにこんなんで・・」

――リボーンの言うとおり、マフィアのボスになんてなれるのだろうか?












 『 wish 』












 一歳にも満たない幼児が家庭教師にやってくる。
それは平凡な毎日を過ごしていたツナには常軌を逸した出来事だった。
が、その幼児が言い放った一言は彼以上に衝撃的だった。  


『俺はお前をボンゴレの10代目にするために来た』


   それ以来、小さな用心棒はツナの家に住みつき、彼曰く「ファミリー」として・・
様々な人間(ときには敵も)がツナの周りに集うようになった。
 

自分の目の前でサードを守っている獄寺隼人もその一人である。


二人の出会いはツナにとって恐怖そのものだったが、獄寺がツナに心酔する形で
次代のボンゴレ首領候補をめぐる「お家騒動」は決着した。
 それ以来、獄寺は何かとツナに構い、世話を焼き、寄り添ってくる。
「10代目!」と瞳を輝かせながら。
 これまで遊びやスポーツで仲間に入れてもらえなかったツナにとって、
獄寺は初めてできた「友達」だった。

それを失いたくない、と思うのは友達のいる暖かさを知ったからなのだろうか?

ちょっと違う気がする、とツナは思う。
獄寺は自分に限りなく優しいが、他のクラスメイトに対しては
眉間に皺を寄せてばかりいるのだ。
無論、自分がボンゴレの10代目候補でなければ、自分に対する獄寺の対応も
他の者に対してと変わりなかっただろう。
最初に絡まれたときのように、睨まれ、威圧されているに違いない。
獄寺がツナのそばから離れない理由はただひとつ。


――俺が・・10代目候補だから。


  そう思うとツナの胸が軋んだ。何故かはツナにも分からなかった。
 それが初めてできた友達に対しての独占欲ならば・・
何故自分は同じく「友達」の山本に対しても同じことを思わないのだろう?
  山本なら自分が何者でも末永く友達でいてくれるだろう、とツナは思った。
それだけの懐の深さが彼にはある。
  しかし自分と獄寺の接点は「ボンゴレファミリー」の一点だけ。
そもそもリボーンが現れなければ獄寺と出会うこともなかった。
 


――もしも俺が・・「10代目」になれなかったら?


ふいに浮かんだ仮定に、ツナは呼吸が止まりそうになった。
心臓が締め付けられ、息も出来ない・・切なさと呼ぶには苦しく、感傷ほど甘くもない感情。
言葉にすれば溢れ出て、自らをも飲み込んでしまうような。
その先を想像するのを恐れて、ツナは眼を瞑った。
その時だった。


「カキン」という澄んだ音と同時に、獄寺が叫んだ。

「10代目!行きましたよ!」
「えっ!?」

 ツナが顔を上げた途端、目の前でワンバウンドしたボールがその額に見事にヒットした。


誰かが遠くで自分を呼んでいる・・
『・・10代目!・・』
――違うよ・・俺、ほんとは・・

  頭部の鈍い痛みと共に、ツナの意識はフェードアウトした。


 目を開けると、覗き込んでいた獄寺のほっとした表情がそこにはあった。
「気がつきましたか」
 辺りを見回して、そこが保健室のベッドの上だということに気づく。
「軽い脳震盪だそうです。とくに後遺症はないそうですよ」
 上体を起こすと、頭の中がぐらぐらと痛んだ。どうやら、額にボールが直撃し昏倒した
らしい。

「獄寺君が・・連れてきてくれたの?」
 安堵の表情を浮かべて、獄寺は頷いた。
「未来のボスに何かあったら大変ですから」
「ありがとう。・・ごめんね、心配かけちゃって」
 無事でなによりです、と獄寺は微笑んだ。

「吐き気はありますか?」
「うん・・大丈夫」
 獄寺は甲斐甲斐しくツナの額の湿布を換えている。
その両手を見上げながら、ツナは先程の出来事を反芻した。

――死ぬ気弾に当たったかと思った・・

 一瞬の痛みと、吸い込まれるように消える意識。
ツナが受けた衝撃は死ぬ気弾のそれに近い。
死ぬ気で何を?と問いかけて、ツナはたったひとつの望みに辿り着く。

「10代目・・痛むんですか?」
「ううん・・」

  痛むのはここじゃない、とツナは小さく頸を振った。
その両目には涙が溢れており、心配そうに覗き込んだ獄寺と目を合わせことさえ出来ない。
 

『もしも自分が、10代目になれなかったら?』


あの時自分は、その先が怖くて逃げた。答えは分かっている。
もう彼のそばにはいられない。そのときは――


『死ぬ気で忘れたいんだ、君のこと』


 ばかみたいだけど、とツナは思った。
ボンゴレ秘伝の「死ぬ気弾」をそんなことに使ったら、きっとリボーンに怒られるだろう。  

「ごめんね、もう大丈夫だから」
 ツナはわざと明るく振舞い、両目をごしごしと擦った。
自分の思いを、獄寺に悟られてはならない、と思ったからだ。
 彼は「10代目」を守るために、ここにいる――それ以上のことを望んではならない。
・・まして、自分がボンゴレの10代目になれる保証もないのだ。

  「10代目――」
 何かを言いかけた獄寺を遮って、ツナはベッドを降りた。
「もう行かなきゃね。次現国だっけ?」
「あ・・、はい」
 それ以上何も言わず、獄寺はツナに従い保健室を出る。彼と眼を合わせれば、すべて溢れ出てしまいそうで、ツナは一度も振り向かなかった。








<終わり>