first kiss
「アメリカとかスペインとかなんでも・・『村』って付ければ
テーマパークになるんだよな」
と、バジルの香ばしい匂いがするピザを齧りながら彼は言った。
学校帰り、近所にオープンしたテーマパークに行きたいと言ったのは
それがイタリアを題材にした街だと聞いたからだった。
社会見学に行って来い、とリボーンから受け取ったクーポン券を恨みがましく見つめると
俺はちょうど部活が休みだった山本に声をかけた。
男二人でいくのはどうかとも思ったけれど、こんな不躾なお願いが出来る友達は
彼以外他にいなかった。
山本は、俺なんかでいいのかーなんて笑いながら、二つ返事で了承してくれた。
俺の方こそ自分と彼が、いわゆるデートスポットに出かけて大丈夫なのかと少しだけ心配になった。
他に一緒に行きたいと思っている子が彼にいたとしたら、と思うと何故だか胸が痛くなった。
連なる赤いレンガの屋根や、パステルカラーの壁、格子の入った楕円形の窓。
ジェラートの甘い香りに包まれて、俺は彼と水の都を模した街をぶらぶらと練り歩いた。
夕暮れ時ということもあって、周りは手を繋いだり腕を組んだりしたカップル達が思い思いに
二人だけの時間をつくっている。
眼のやり場に困る俺とは対照的に、彼は夕陽を映し出す水面を眺め
しきりにゴンドラに関心を寄せていた。
なかなか本格的だなーと、運河に掛かる橋の上で頬杖をつく彼の隣に立つと
俺は喉元で以前から引っかかっていた疑問を・・ほんの少しだけ言葉に落とした。
「俺が・・もし、イタリアに行くって言ったらさ・・」
その先を尋ねることが俺にはどうしても出来なかった。
俺がどうしようと、彼には関係ないのかもしれない。
でも友達として、これから起こりうる一つの可能性を示唆することは、少なくとも無益ではなかった。
離れても、ずっと「友達」でだけは・・いたかったのだ。
山本は、俺の突拍子もない問いに驚いた眼を向けて振り返った。
彼の表情は夕焼けに逆光となり、よく見えない――その方が、俺にとっては都合がよかった。
ただの感傷的なたわ言として・・聞き流してくれればよかったのだ。
「何、ツナ転校するの?」
違うよ、と俺は答えた。
親の転勤についていく訳でも、留学するわけでもない。
一ヶ月前にはパスタとピザしか知らなかった国に、急に興味を持つようになったのは。
――危険と硝煙を背中にしょった小さなヒットマンが、我が家に居つくようになったから。
いつか、眼の前の街とそっくりな場所に連れて行かれるかもしれない。
その時俺は・・きっと君に別れを告げられないだろう。
真実を告げることも、そばにいて欲しいということも。
「変なこと聞いてごめんね」
俺は無理やり笑顔を作って、自分から持ち出した話題をかき消した。
離れたくない、なんて言えるわけもない。
俺たちは仲の良い、友達だ。これからも、これまでも・・ずっと。
そうだなー、と頭の後ろで両腕を組むと、彼は太陽を背にしたまま歯を見せて微笑んだ。
音も無く流れる水路に沈む夕陽より、彼の微笑みの方が眩しかった。
「俺、ツナと一緒ならどこでもいいけどな」
にっこりと口角を上げた彼から零れた言葉に、俺は一瞬心臓が止まりそうになった。
どんな思いで答えた台詞なのか聞くことは、その時の俺にはできなかった。
それきり俺は、堰を切ったように泣き出してしまったんだ。
夕闇に影がかかる彼の表情は、潤む視界の向こうでも困っているのが見て取れた。
溢れ出す涙を止めることが出来なくて・・俺はただ両手で顔面を何度も擦った。
彼は、涙を吸い取った俺の両手を握ると――そっと俺に・・顔を近づけた。
夕焼けの、水音がなぞる橋の上、天使が並ぶ彫刻と、石つくりの街で。
――それが・・初めて、彼と交わしたキスだった。