愛でなく





愛しているからではない、きっと。

 そう思うのは願うからでも、祈るからでもない。奇跡に近い偶然は二度も
繰り返されている。今日で三度目だ。これは都合の良い幻ではないだろうか
と右の頬をつねったら、左の頬を彼がつまんだ。
「・・何、してるの」
 夢かもしれない、と思ってと野球部のエースは頭をかく。馬鹿らしそうに
雲雀はあくびをする。待っていたのではない、たまたまそこにいたのだ。先
週も昨日も、今日の午後四時半も。何の仕事も無くて応接室にいた。それを
ノックしたのが彼だった。待ち伏せしていたわけでも、楽しみにしていたわ
けでもなく。睡眠不足の頭が酸素を欲していたのであくびをして横になって
いたのだ。恋をしたからではない。
 なんていうか、と彼は決まりの悪そうに切り出す。
「俺たち、付き合ってるわけじゃ・・ないっすよね」
「・・そうだね」
 雲雀の返答はコンマ何秒か遅い。答えは明確だったが、質問の意図が不明だ。
「でも――こうして・・」
 いわゆる、愛を貪る行為を校内の一角で催していたわけで。
 それは、乱暴に見せかけてとても、優しい行為で。
組み敷かれた雲雀はけして嫌がっているわけでは無いのだろうと、信じたかった
のだが。
 歯切れの悪い言葉にいらだったのか、膝の上に寝ていた雲雀は身を起こして
短く告げた。恥じらいの混ざった曖昧な台詞などいらいらするだけだ。
「だから、何なの」
「・・先輩、逃げなかったから」
 山本の瞳が真剣だったので雲雀は面食らった。お互いの高ぶりを知ってから
何を確かめたいのか。思いつめた目の彼に押し倒されたときから観念はしてい
た。逃げる、退けるなんて言葉は、眼中に無かった。
「逃げないよ」
 ぷい、と横を向いた。
 そうっすかー、と山本は額をかく。体の一部分を動かしていないと緊張する
らしい。火照った頬が荒んだ行為の余韻を感じさせるが、それがあまりいやら
しく見えないのは、彼の性的行為がスポーツに類似するからだろう。
 縦横無尽に飛んで跳ねて、一番いいところを探り当てて、落ちて。
 幸せかもしれない、と彼は思う。そんなことを言えばトンファーの先が飛ん
でくるので黙ってシャツを着る。これから部活に行って、健康的な汗を流して
くる。日が暮れたらもう一度この部屋に寄る。抱き寄せたらたぶん殴られるだ
ろうと思い、彼は雲雀の首すじにキスをした。
固い肘の骨が腹にささった。やっぱり。