[  My Heart is Yours 2 ]




「今日も早いなーツナ」
 後ろから声をかけられて振り向くと、山本が
手を振っていた。彼の姿を見た途端、獄寺君の表情が
急に険しくなる。

「ご、獄寺君。山本に噛みついちゃ・・だめだからね」
 俺が念を押すと、獄寺君は眉間に皺を寄せて頷いた。
そのまま飛び掛ってしまいそうな形相だった。

「あいかわらず仲いいなーお前ら」
 そう言いながら山本がおれの肩をぽんぽんと叩くと
獄寺君がすかさず叫んだ。間髪をいれず、というやつだった。

「――10代目に触るんじゃねぇ!」

 彼は俺の右腕を掴むと、そのまま走り出した。ぽかんとしたまま
立ち尽くす山本を俺は彼に引きずられながら見送った。

 5分ほど走ってから、ようやく彼は俺の腕を離し急に
頭を下げて謝った。

「申し訳ありません!!10代目」

 振り返るなり陳謝されて俺には返す言葉はない。
ときどき獄寺君が犬のように突っ走ることにはもう
慣れていた。

「だ、大丈夫だよ・・ちょっとびっくりしただけ」
 そう言うと彼は胸を撫で下ろしたのか、頭を上げた。
「俺・・その、どうしても我慢できなくて」
「・・うん」

 獄寺君が自分の呪いを解いてくれた主人に対して
とても忠実だってことは分かっている。
 俺は彼の10人目の、主人だから・・
――だから俺に構いたくて、恩返しをしたくてたまらないって
ことは分かってる。分かってるんだけど――

 俺は胸の奥がちくりと痛んで、反射的にそれを
記憶の奥に隠した。

 彼が俺といて嬉しそうなのも、俺に尽くそうとしてくれるのも
ちょっぴり焼きもちやきなのも

――全部俺が君の・・主人だからなんだよね?

「獄寺君行こう、授業始まっちゃう!」
「はい!」
 少しだけ俺より早く走る彼の背中を見ながら・・
俺は自分の中をぐるぐると回る名前の付けられない思いを
心の奥に、閉じ込めた。



 教室にいってから、俺はこっそり山本に朝の件を
謝った。彼は微塵も気にしていない様子で笑い
「何だか獄寺ってあの犬に似てるなー。ほら、ちょっと前
ツナが連れてた」
 と、言った。
「あ、あれは親戚から預かってたから・・もう返したんだ」
 山本の的を獲た指摘に、俺は咄嗟に嘘を並べた。彼が例の犬だと
知られたら――と思うと、冷や汗がどっと溢れてきそうだった。




「10代目―お昼食べに行きましょう!」
 購買の包みを抱えた彼と、俺は屋上に向かった。

教室でお昼を食べると、獄寺君は周りの視線が気になって
落ち着かないのだ。たいがいは彼を見つめる女子のものだと
思うんだけど。違う方向に勘違いをした彼が方々に喧嘩を売る
ため、俺は屋上を提案した。二人きりのほうが落ち着くだろうと
思ったのだ。

「獄寺君てさ・・よく食べるよね?」
 パンを三つに、ジュースを二本。さらに母親が用意した
お弁当をぺろりと平らげる彼に、俺はウインナーをつまみながら
話しかけた。

「まだ力が戻っていないものですから・・」
 犬でいる時間が長かったから、お腹が減っているのかな、と
俺は思った。
「これ食べる?」
 俺がタコの形をしたウインナーをつまみ上げると、彼は顔を
真っ赤にして頸を振った。

「そ、そんな・・!!滅相もないです!」

・・たかだかウインナーひとつで、大げさだと思うんだけどなぁ。
 俺がウインナーを口に入れようとすると、彼は顔を近づけて箸の
先のそれをぱくりと食べた。

――むしゃむしゃむしゃ、ごっくん。

「美味しかったです!10代目」
 顔をタコみたいに真っ赤にして、満面の笑みを浮かべる彼に
俺は言葉も出なかった。 
――食べないって言ったのに・・
 それでも俺の勧めたものは、きっと彼は断りきれないのだろう。
――なんだか獄寺君て・・

 不器用でそそっかしくて、すぐ喧嘩ごしになるけど――
いつも、一生懸命だよね。

 彼が他の9人の主人に対しても、同じように忠誠を誓っていたのだ
と思うと――俺の心臓はきりきりと痛んだ。
 それが彼の望みなんだと考えても、どうしても納得が出来なくて
俺は行き場の無い思いを胸の奥で持て余す。

――俺、彼の前の主人のことばっかり考えちゃうよ。

 それがどこの誰で。獄寺君とどんな風に暮らしてたのか。
どうしてまた彼は犬の姿に変えられてしまったのか。
――獄寺君は前の主人のことを・・どう思っていたのか。

 そう思うと、胸がいっぱいで――食事も喉を通らなく
なった俺は、彼に断って先に教室に戻った。

 彼が、俺の食べ残した弁当を抱えたまま途方にくれて
いることに俺は――気づかなかった。