――あれ?
ここはどこだったんだっけ。


 鈍い痛みの残る体を持ち上げると、
豪華なシャンデリアが視野に飛び込んできた。

「お城みたいだ・・」

白い壁がどこまでも続く広い部屋の中央に、天蓋付きのダブルベッド
がぽつんと置かれている。
 突き当たりは大きなバルコニーで、エメラルドグリーンの
カーテンが風に棚引いていた。


  ツナはベッドを降りると、散らばっていた衣服を身につけ
バルコニーに向かって歩き出す。
 カーテンを引いて外に出るといつもの笑顔が待ち受けていた。


「おはようございます、10代目」








『 愛河 1 −past− 』







 
いつからこうなってしまったのだろう。
思い出そうとする度、ツナの頭はずしり、と重く痛んだ。

夏休みの宿題を1週間で終わらせる、という名目で
獄寺の家での合宿を許してもらった。それが、始まりだった。

  リボーンの無茶な教え方に比べれば、獄寺の教え方は優しく的確で、
さらに早く宿題が済めば、残りの夏休みは遊んで暮らせるだろうという
甘い考えを抱いてツナは獄寺の家に向かった。

  教科書を開くより早く、ツナは獄寺に押し倒され
宿題は1ページも進まないまま、この関係は続いていた。



「・・12時」
気だるい体を起こして、目覚まし時計を手繰り寄せる。
時計の両針は中央で重なっていた。昼夜を問わず行為を貪っていたため、
今が真夜中なのか昼間なのかもわからない。

「起きましたか」
 朗らかな顔で獄寺が窓を開ける。フローリングの床に差す光が眩しくて、
ツナは今が正午と気づいた。

「だいぶ寝てましたね・・お腹空きませんか?」
「だるい・・」
 節目がちに呟くと、獄寺は笑って軽く口付ける。
「今・・コーヒーと、トーストお持ちしますね」
 獄寺はテキパキとツナを起こすと、手馴れた様子で
ツナに衣服を着せ始めた。

 銀色の指輪を嵌めた大きな手が自分のシャツの
ボタンをかける様を見ながら、この体が誰のもの
なのかツナにも分からなくなっていた。



「・・顔洗ってくるね」
 最初の夜、あんなに行為を嫌がっていた自分は
どこにいってしまったのだろう。
 冷たい水を両手に溜め、ツナは考える。

何故こんなことに、なってしまったのか。
どうして自分は逃げないのか。

――逃げる?・・ここから?
 何か大切なことを見逃している感じがして、
ツナは掌一杯の水を顔に押し付けた。
 微かな記憶。・・それは「約束」だったはず。
・・何の?――誰と?



「10代目、朝食の準備が整いました」
 焦げたトーストの匂いと、暖かいコーヒーの
匂いがツナの思考を停滞させる。何ひとつ疑問が
解決されないまま、ツナはトーストをほうばった。

 少し熱めのシャワーを浴びてツナが浴室を出るころには
日はだいぶ傾いていた。獄寺は甲斐甲斐しくツナの体を拭き、
バスローブを着せている。一日は恐ろしく短いのに、行為だけは
永遠のように長い。

「10代目、顔を上げてください」

タオルを首筋に宛がわれた瞬間唇を奪われ、ツナはニコチンの味がする
苦い舌を受け入れた。それが始まりの合図なのか、終わりの愛撫なのか
ツナにはわからなかった。